ビルの谷間に国内唯一の専門店 変わる虎ノ門 変わらぬ琵琶作り

2020年10月27日 07時10分

琵琶作りの苦労を語る人間国宝の石田不識さん=港区で

 移り変わる東京の中でも、今年特に大きく変わったのは港区虎ノ門だろう。地下鉄の新駅が開業し、新しい高層ビルが続々と建設されている。その中心部に国内唯一とされる琵琶専門店がたたずんでいる。主(あるじ)は琵琶職人の人間国宝、四代目石田不識(ふしき)さん(82)。変化が激しいこの街で、伝統の和楽器づくりを守り続けている。

正倉院螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)のレプリカ

 虎ノ門ヒルズ森タワーから道路を挟んだ一角。こぢんまりした石田琵琶店の店頭のガラスケースから、石田さんが琵琶を取り出した。貝殻や琥珀(こはく)、べっ甲があしらわれた色鮮やかな装飾。「正倉院に収蔵されている琵琶と同じものを作ってみた。値段は付けられないね」

石田琵琶店のすぐ前にそびえる虎ノ門ヒルズ

 石田琵琶店の創業は一八七八(明治十一)年。初代が西南戦争に従軍した際、薩摩で聴いた琵琶の音色に感銘を受け、職人たちを連れ帰ったのが始まりとされる。
 日本琵琶楽協会によると、琵琶は戦前には広く演奏されていたが、現在の会員の奏者は約三百人。会に所属しない趣味の奏者などを合わせても、演奏人口は全国で数百人程度。専門店も他にはなくなった。
 石田さんは青森県八戸市出身。埼玉県で大工をしていて、一九六四年に石田家に婿入りした。「最初は果物のビワと勘違いし『虎ノ門に畑なんかあるのか』と思った」と笑う。
 ところが七〇年に先代が急に亡くなり、琵琶づくりを教わらないまま、跡を継いだ。「大工だから形は作れるが、うまく音が出なくて困った」という。先代の顧客の奏者に音を教えてもらい、演奏会に何度も足を運んだ。「ちっとも鳴らない」「これで金を取るのか」と怒られたこともある。

石田不識さんの製作した琵琶

 ほぼ独学で模索しながらも、第一人者に。二〇〇六年度に人間国宝に認定されたが、その連絡を受けた時の答えがふるっている。「面倒な賞ならいらねえぞ。先生? 違うよ、おれは職人だよ」。「一千個ぐらいつくったが、最後まで満足したのは一個か二個」と琵琶の出来にこだわり続ける。
 店を一歩出れば、目の前に新しい高層ビルがそびえ、別のビルの工事の音が響く。再開発に伴い、環状2号が開通。今年、東京メトロ日比谷線の新駅「虎ノ門ヒルズ駅」が開業し、都心と臨海部を結ぶバス高速輸送システム(BRT)の発着拠点もできた。
 「昔は虎ノ門から神谷町にかけて木造二階建ての家や商店ばかりだった。みんな再開発で出て行き、さみしくなった。開発もいいけど、何億円もするマンション以外にも人間が住めるようにしてほしい」
 石田さんも、不動産開発業者から店の売却の勧誘を受けている。ごく近所で土地を売却した人もいる。「周りがみんな売っちゃったら…。いつまでここで頑張れるか」と漏らす。
 協会によると、国内で琵琶を趣味でつくる人はごくわずかにいるが、職人は石田さんと、後継者の息子の克佳さん(53)しかいないという。
 「琵琶は古い伝統のある和楽器。つくり続けなきゃいけない」と石田さん。克佳さんの仕事ぶりに話が及ぶと「自分で演奏もするから音が良いし、仕事がきれい。何も言うことない」と目を細めた。
<琵琶> ペルシャの弦楽器がルーツで、7〜8世紀に中国から日本に伝来した。雅楽に欠かせない「楽(がく)琵琶」のほか、平家物語を語る「平家琵琶」、薩摩武士の士気高揚を目的にした「薩摩琵琶」、ばちが小ぶりで女性奏者が多い「筑前琵琶」などがある。
 文・宮本隆康/写真・稲岡悟
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