<ふくしまの10年・地図に残してはいけない仕事>(1)原発事故との奇妙な縁

2020年10月27日 07時33分

福島県での除染について振り返る小沢晴司さん=宮城県松島町で

 今年七月、東京電力福島第一原発事故に伴う除染や汚染土を長期保管する中間貯蔵施設で、環境省のリーダーを務めてきた小沢晴司さん(59)が退官した。
 現在は宮城大教授として宮城県松島町に住む小沢さんを訪ねた。JR東北線松島駅前に、軽自動車で現れた小沢さんは、上下作業服姿だった。「これがいちばん楽なんですよ」と笑った。
 小沢さんは原発事故とは奇妙な縁がある。一九八六年四月、北海道大で林学を学び、環境庁(当時)に入った小沢さんは「これで自分のやりたい環境保護の仕事ができる」と意気揚々と東京・霞が関の役所に通い始めた。
 そんなとき、世界を揺るがす大事故が起きた。旧ソ連のチェルノブイリ原発事故だ。
 驚いた小沢さんは、上司に「日本で起きたらどうしましょう」と質問。上司は「日本で事故は起こらないから心配ない」と答えたという。
 その二十五年後、「起こらない」はずの原発事故が日本で起きた。しかも最悪レベルの事故。滋賀県立大環境共生システム研究センター特定教授に出向していた小沢さんは、事態の推移を遠くから見ていたが、まさか自分が福島で原発事故の後始末を長きにわたって担当するとは想像だにしなかった。
 運命を変えたのは、長野自然環境事務所長をしていた二〇一二年八月、東京からかかってきた「今月末から福島に行ってください」との一本の電話だった。(長久保宏美が担当します)
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