「100年前の復讐」アルメニアの勇兵のヤジド教徒 第1次大戦でトルコから迫害の歴史共有<ナゴルノカラバフ紛争>

2020年10月28日 13時58分

アルメニアのアイグルリチ村で今月初旬に行われたヤジド教徒の出征式=アルメニア・シボードニャ提供

 アルメニアとアゼルバイジャンの間で続くナゴルノカラバフ紛争で、少数民族のヤジド教徒がアルメニアの義勇兵として出征した。父祖らが100年前、アルメニア人と共にトルコから迫害を受けた歴史が、彼らを戦場へと駆り立てる。恩讐のかなたに何が待つのか。(モスクワ・小柳悠志)

◆聖堂、独自の言語教育…ヤジド教徒の安息の地

 ロシアに住むヤジド教徒のミロンさん(20)の2歳違いの弟はアルメニア軍に入隊した。ミロンさんは「アルメニアはヤジド教徒にとって守るべき祖国」と理解しつつも、弟の身を案じずにはいられない。
 ヤジド教はゾロアスター教などから生まれ、クジャクを神聖視する。2018年、過激派組織「イスラム国」による性暴力を証言したヤジド教徒のナディア・ムラドさんがノーベル平和賞を受賞したことでも知られる。
 アルメニアはヤジド教徒の安息の地とされる。民族構成で国民の1%を占め、アルメニア系(98%)に次ぐ多さ。ヤジド教の聖堂があり、独自の言語教育が認められ、国会に議員を送り込んでいる。

◆「ヤジドの文化、宗教、習俗を守る唯一の国」

 「アルメニアはヤジドの文化、宗教、習俗を守る唯一の国」と民族団体、世界ヤジド会議のバコヤン副議長(54)は力を込める。
 ヤジド教徒とアルメニア人の絆は1世紀前にさかのぼる。
 第一次大戦中、トルコの前身、オスマン帝国は自国に住むアルメニア人やヤジド教徒を迫害した。故郷を奪われた両者は共同戦線を張り、アルメニア共和国の建国につなげた。「トルコ憎し」の思いが両者をつないできた。
 9月27日、ナゴルノカラバフで軍事衝突が起きると、ヤジド教徒は即日で義勇兵を編成した。ただし戦う相手はトルコではなくアゼルバイジャンだ。

◆アゼルバイジャンとトルコを敵視

戦死者の遺影と花が置かれたモスクワのアルメニア大使館前。100年前のオスマン帝国による迫害の写真(左上)もある=小柳悠志撮影

 アゼルバイジャン人はトルコ人と同じテュルク系民族。両国の経済、軍事のつながりは深く、アルメニアはこの2国をそろって敵視する。慶応大の広瀬陽子教授(国際関係)によると、アルメニアはアゼルバイジャンとの戦いを「オスマン帝国への復讐の一環」と考えている節があるという。
 今回の紛争でアゼルバイジャンを支持するトルコに対し、多くのアルメニア国民は「オスマン帝国の虐殺の再現」と非難。在ロシア・アルメニア大使館前でクリスティーナさん(40)は本紙に「争いの黒幕はトルコ大統領のエルドアンだ」と語った。
 アルメニアのパシニャン首相は「ナゴルノカラバフは数千年前からアルメニア人が住んできた。民族の権利を守るため、国民は武器を取れ」とげきを飛ばす。アゼルバイジャンでも、アルメニアに強硬姿勢を取るアリエフ大統領を支持する声が高まっている。

◆青年苦しめる過度のナショナリズム

 過度のナショナリズムが青年らを死に至らしめていると懸念する声もある。ロシアの野党・自由民主党のジリノフスキー党首は両国の若者に、会員制交流サイト(SNS)で非戦の願いを発信。「政治家や役人が仕掛けた汚い戦争で、なぜ血を流す。武器なんて捨てろ。子どもや妻のことを考えろ」と呼び掛ける。

 ナゴルノカラバフ紛争 ソ連末期、アゼルバイジャンのナゴルノカラバフ自治州で多数派のアルメニア系住民が独立やアルメニアへの帰属変更を訴え、紛争に発展。1994年の停戦までアルメニアとアゼルバイジャンの双方で計3万人以上が死亡したとされる。アゼルバイジャンは91年に自治州を廃止、現在、アルメニア系住民は旧自治州と周辺を「アルツァフ(ナゴルノカラバフ)共和国」と称して実効支配しているが、国際的には国家承認を得られていない。

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