ミャンマー難民と日本人学生が学び合う日本語教室 コロナ禍で資金難も…運営継続へ奮闘

2020年10月29日 11時55分
松尾慎・東京女子大教授(右)の説明を熱心に聴くミャンマー人たち=東京都豊島区で(隈崎稔樹撮影)

松尾慎・東京女子大教授(右)の説明を熱心に聴くミャンマー人たち=東京都豊島区で(隈崎稔樹撮影)

  • 松尾慎・東京女子大教授(右)の説明を熱心に聴くミャンマー人たち=東京都豊島区で(隈崎稔樹撮影)
 内戦や民主化運動の弾圧から逃れたミャンマー人たちのため、東京・高田馬場で6年前に始まった日本語教室が今月、260回を超えた。教室での進行役を務め、議論にも加わるのは日本の大学生たち。新型コロナウイルスの感染拡大で厳しい運営状況だが、国を超えた学びの場を守ろうと奮闘が続いている。(北川成史)
 教室は「ヴィラ・エデュケーション・センター」(VEC)。高田馬場でミャンマー料理店を営むチョウ・チョウ・ソーさん(57)が、日本語教育を専門とする松尾慎・東京女子大教授(55)やその教え子の協力を得て、2014年に始めた。
 料理店近くのアパートで毎週日曜開かれ、授業料は月3000円。10月中旬に訪れると、ミャンマー人の男女3人と、東京女子大の学生や卒業生が、和気あいあいと机を囲んでいた。
 この日のテーマは「食品ロス」。学生たちが作ったプリントや動画を教材に授業は進むが、一方通行ではない。プリントを音読後、食べ物を無駄にしない工夫について議論した。
 「残ったご飯を乾かし、ヤシが原料の黒砂糖を掛けてお菓子を作るよ」。ミャンマー人が紹介すると、学生らは「それ、いいね」「作りたい」と声を上げた。
 チョウ・チョウ・ソーさんは母国ミャンマーで民主化運動に参加後、1990年代に日本に逃れ、難民認定を受けた。来日当初は日本語ができず、苦労した。「日本社会の一員になるには日本語が必要」と教室を開いた理由を語る。
 教室は難民認定前の人も受け入れる。昨年、日本で難民認定を申請した1万人以上の外国人のうち、認められたのはわずか44人。認定者は公費負担で約半年の日本語教育を受けられるが、その他大勢が支援の枠外だからだ。
 難民認定を申請中の飲食店員の男性(51)は3年前から教室に通う。「認定を受け、長く住みたいので、日本語を安く学べるのはありがたい」と笑顔を見せる。
 進行役を務める東京女子大4年の西村愛さん(23)は「受講生は人生の先輩ばかり。日本語教師志望の自分にとって、この経験は将来に生きる」と語る。
 受講したミャンマー人は50人以上。参加した日本の学生や教育関係者らは300人を超えた。だが、新型コロナの影響で今春、教室用アパートの家賃を負担してきたチョウ・チョウ・ソーさんの料理店の売り上げが昨年の10分の1に激減。運営に黄信号がともった。
 松尾教授らは8月、VECの規約を定め、任意団体として組織化。難民問題に関する有料のオンラインセミナーなどで、資金を捻出することを決めた。「ここは年齢や背景が違う人たちが学び合い、考え、豊かになる場」。松尾教授は多文化共生への理解の広がりに願いを込める。「通う人がいる限り、続けたい」

 ▽ミャンマーからの難民 ミャンマーでは1948年の独立直後から、自治権拡大を求める少数民族と国軍との内戦で難民が発生。88年にアウン・サン・スー・チー氏(現・国家顧問)らの民主化運動が広がった後、当時の軍事政権による活動家の弾圧も難民を生んだ。2017年には、国軍などに迫害されたイスラム教徒少数民族ロヒンギャの大規模な難民が発生した。

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