藤井聡太王位の公式戦全データを読み解く 浮かび上がってくる戦い方のポリシーとは…

2020年10月29日 18時00分
 8月に将棋の第61期王位戦7番勝負(東京新聞主催)を制し、史上最年少で棋聖との二冠を達成した藤井聡太王位(18)。デビューから4年がたち、長足の進歩を続けている。公式戦の全データを分析してみると、一本芯の通った「藤井将棋」のポリシーが浮かび上がってきた。(文化芸能部・樋口薫)

<得意戦法>振り飛車全くなし

 藤井王位の通算勝率は8割3分4厘に達する(20日現在。未放映のテレビ棋戦を除く)。約170人の現役棋士のうち、ほかに勝率が7割を超えるのは、対局数の極端に少ない棋士を除けば、一時代を築いた羽生善治九段(50)ら6人のみ。2位の永瀬拓矢王座(28)でも7割2分4厘と1割以上の差があり、その数字は飛び抜けている。
 続いて戦い方を見ていこう。将棋の戦法は、攻撃の要である飛車を定位置のまま戦う「居飛車」と、横に動かして戦う「振り飛車」の2種類に大別される。例えば羽生九段は居飛車を得意にしつつ、裏芸として振り飛車も時々用いる。しかし、藤井二冠は生粋の居飛車党。これまで飛車を振ったことは一度もない。逆に振り飛車が相手の時の勝率は圧巻で、9割に迫る。直近の1年に限ると無敗だ。
 居飛車同士の戦いは、主な戦法が4種類ある。堅陣を目指す「矢倉」。序盤に角を交換する「角換わり」。角道を開けず、飛車先の歩を突き合う「相掛かり」。大駒が飛び交う激しい変化を秘めた「横歩取り」。このうち横歩取りは後手が誘導する戦法。残り3つは先手に選択権があるが、後手が拒否して定跡外の戦いに進むこともある。
 藤井王位は先手での相掛かりと、後手での横歩取りの採用率がいずれもゼロ。つまり自分から志向する戦法は角換わりか矢倉の2択だ。また、先手で矢倉を採用するようになったのは昨年6月以降で、それまでは角換わりが主力だった。意外に作戦の幅は広くないことが分かる。
 「AI(人工知能)は角換わりのバランスの良い陣形を高く評価する」と、データに明るい勝又清和七段(51)は指摘する。「バランス型の将棋は玉の固さよりも広さ(逃げ場所)を優先するが、その分、王手がかかりやすい。藤井王位は終盤、自玉が詰まない局面に持ち込む判断力が非常に優れており、フィットしたのでは」との見方だ。

<真っ向勝負>後手で勝率8割超

 後手番の藤井王位には驚くべきデータがある。先手が初手にどんな手を指してきても、必ず2手目は「8四歩」で、飛車先の歩を突くと決まっているのだ。多くの棋士が2択で選ぶ、「3四歩」と角道を開ける手は決して指さない。これは「相手の得意戦法を受けて立とうという手です」と勝又七段は解説する。「先手なら角換わりか矢倉で、後手なら相手に委ねる。そのスタイルを、藤井王位はデビューから崩していない」
 将棋は戦法の選択権がある先手がやや有利とされ、後手の方が工夫を求められる。さらに近年、AIの活用で研究が深化し「相手の研究を外す」ことの重要性は増している。例えば渡辺明名人(36)=三冠=は今年の名人戦7番勝負の後手番で、相手の得意戦法を拒否したり、居飛車の出だしから振り飛車にしたりして揺さぶっている。
 しかし藤井王位は「序盤で相手の作戦を拒む手を指したことがほぼない。ここまで堂々とした態度は歴代の名人を見ても珍しい」と勝又七段。その理由について「純粋な知的好奇心としか思えない」としつつ「序盤だけで勝負が決まるとは思っていないのかも。将棋とはもっと奥が深く、難解なものだという意識があるのでは」と推察する。
 その上で勝ちまくっているのだから驚異的だ。藤井王位の後手番の勝率は、先手番よりやや低いものの8割を超えている。特に本年度は、タイトル戦などでトップ棋士との戦いが続いたにもかかわらず、後手で10勝1敗(勝率9割9厘)という圧倒的な成績を残している。
 先後どの戦法でも隙のない藤井王位だが、苦手にしているのが横歩取りだ。局数こそ少ないが、唯一負け越している。横歩取りはAIによる解析で勝率を落とし、この数年で大幅に減少している。藤井王位は経験値が少ないため、対応が後手に回った可能性はある。ただ再評価の兆しもあり、今後ライバルが狙い撃ちしてくることも考えられる。対策は急務になるだろう。

<なるか八冠>来年は守りの年?

 最後に藤井王位の達成してきた記録を見ると、その規格外ぶりがよく分かる。かつて将棋界には「更新は不可能」といわれた記録があった。加藤一二三九段(80)の14歳7カ月でのプロ入り。神谷広志八段(59)が達成した空前の28連勝。屋敷伸之九段(48)による17歳10カ月でのタイトル挑戦と、18歳6カ月での獲得。そのすべてを藤井王位が塗り替えた。
 ここまでの歩みの速さは、過去のあらゆる大棋士を上回っている。25歳の時に全冠制覇を達成した羽生九段ですら、二冠に到達したのは22歳になる直前で、4年近く早い。次に達成の懸かる大記録は、その全冠制覇になるだろう。ただ、タイトル数が7から8に増え、達成の難易度は増している。過密日程の中、全国を転戦することになるため、現代将棋では必須となった研究の時間も限られてくる。さらなる心技体の充実が求められるだろう。
 八冠の可能性について、勝又七段は「今夏のすさまじい勝ち方を持続できれば可能では」とみる。「特に王位戦の挑戦者決定戦と7番勝負の内容は圧巻で『もう勝てる棋士はいない』とすら思った。ただ二冠獲得後は少し調子を落としており、現時点では、常にあのパフォーマンスを出せるわけではないことも分かった」
 カギになるのは、来夏に行われる棋聖と王位の防衛戦だという。羽生九段も19歳で初タイトルを獲得した後、初防衛戦で敗れ、いったん無冠となっている。「タイトル保持者として公務が増え、来春には高校卒業で環境が変化する。2021年は守りの年になるのでは」との予想だ。ただ、これまでも数々の常識を覆してきた藤井王位だけに、型破りの活躍を見せてくれる可能性も十分にありそうだ。

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