アリスに驚け アリス狩りVI 高山宏著

2020年11月1日 07時13分

◆童話の細部に豊穣な文化史
[評]井辻朱美 (歌人・ファンタジー文学)

 高山宏のメインの評論シリーズは『アリス狩り』(一九八一年)を皮切りに、『目の中の劇場』『メデューサの知』など、いずれも「アリス狩り」の副題とナンバーを持ち、今回は「VI」で、満を持して「アリス」学の原点に立ち戻ったと言えよう。
 冒頭から百三十ページに及ぶ第一部は凄(すさま)じい力作で、彼の方法の集大成を、「アリス」をモデルに呈示(ていじ)しつつ、濃密すぎる知の悦楽世界へ誘ってくれる。「『不思議の国のアリス』をマニエリスムという一精神傾向を抱えた文芸表現として追うというのが、この『アリスに驚け』拙稿の眼目の一つ」と記すように、無数のマニエール(表現方法)の絡みあうパズルとして作品を読み解く高山流が魅力だ。
 小道具たる本、当時の子ども像、博物学、自然神学、女性と植物学、同音異義語、手品と驚異、ウサギという象徴、地下の神話とトンネル事情と地下鉄、アリスの落ちてゆく穴の壁にびっしりと装備された書棚、壺という容器とその中身、インテリアの時代、見世物(みせもの)都市ロンドン…と、様々(さまざま)の細部をすくいあげながら、それをホームズの拡大鏡のごとくに、文化史の文脈の中に展開してゆく面白さ。アリスの姉が読む「絵のない本」からは、たちまちにグーテンベルク印刷術へと視野は広がり、テニエルの挿画は、見世物が横行したロンドンならではの「公爵夫人の醜貌」にいたりつくなど、作品に付された膨大なインデックスがたち現れてくる驚きは半端ではない。
 この批評方法の醍醐味(だいごみ)は、後半に収録された評論の一つ、「ハリー・ポッター」シリーズの外伝的映画「ファンタスティック・ビースト」論にも遺憾なく発揮されている。
 まさかあの主人公とパン屋の持つトランクが大恐慌前のアメリカや奇術師を象徴するアイテムであろうとは。確かに彼のトランクは壺中(こちゅう)の天(てん)のごとく、中に別世界を秘め、謎めいた不思議動物が縮尺無用に詰め込まれていたのだが。「神は細部に」とは第一作の『アリス狩り』の後書きに付された句であるが、細部にこそ豊穣(ほうじょう)が宿ることを示す一冊。
(青土社・2860円)
 1947年生まれ。大妻女子大副学長。著書『見て読んで書いて、死ぬ』など。

◆もう1冊

高山宏著『近代文学史入門 超英文学講義』(講談社学術文庫)

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