首里城火災から1年 琉球王家23代当主は願う「沖縄の心に寄り添う復興を」

2020年10月31日 14時00分
 最後の琉球国王尚泰しょうたいのやしゃごで、尚本家23代当主の尚まもるさん(70)=三重県伊勢市=は、新型コロナウイルス禍で移動が制限されるまでは焼けた城を見に通っていた。「沖縄の人の気持ちに寄り添った復興を」と願っている。(高橋信)

首里城について話す尚本家23代当主の尚衞さん=三重県伊勢市で(板津亮兵撮影)

 尚家は1469年、国王となった尚円を始祖とする王家で、首里城の城主として君臨した。1879年、明治政府は琉球藩を廃止して沖縄県を設置。尚泰を東京に移住させた。尚衞さんも渋谷区で生まれた。
 尚さんが初めて沖縄を訪れたのは米国統治下の1964年。太平洋戦争で焼失した首里城跡地は当時、琉球大の敷地になっていた。鉄筋コンクリートの味気ない建物に「そうなんだとしか思わなかった」という。
 大学の移転に伴い、92年に復元された首里城正殿などの再建過程では、父の裕さんが所有していた1846年の正殿修復時の記録「百浦添御殿御普請日記」などが参考にされた。それらの史料は後に那覇市に寄贈され、2006年には国宝に指定。1997年に裕さんが亡くなり、那覇市で追悼式が開かれた際、尚さんは復元された城を初めて見た。「家にあった写真は白黒だったので、朱塗りの正殿に圧倒された」と話す。
 1年前、尚さんはテレビで首里城正殿が崩れ落ちる瞬間の映像を見た。昨年11月中旬には現地を訪れ、焼け跡を目にした。「ショック以外のなにものでもなかった」

2019年10月31日、炎上する首里城の正殿=那覇市消防局提供

 尚家に伝わる物品の大半は、裕さんと尚さんが那覇市などに寄贈してきた。国宝など貴重な史料は城にはなく無事だったが、尚家伝来の絵画「雪中花鳥図」や、尚家一門として寄贈した玉座は焼失した。
 今年2月までは毎月、首里城を見に行っていた。今はコロナ禍の影響で訪問を控えているが「沖縄の人の心に寄り添った復興になってほしいという思いは常に持っている。尚家として協力できることはやりたい」と話した。

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