伊能忠敬より42年も早く精密な日本地図を製作 地理学者・長久保赤水の知名度アップへ地元始動

2020年11月2日 11時55分
JR常磐線高萩駅前にある長久保赤水の像=茨城県高萩市で

JR常磐線高萩駅前にある長久保赤水の像=茨城県高萩市で

  • JR常磐線高萩駅前にある長久保赤水の像=茨城県高萩市で
  • 「赤水図」のレプリカを持つ長久保赤水顕彰会の佐川春久会長=茨城県高萩市で
 江戸時代に精密な日本地図を作った地理学者・長久保赤水せきすい(1717~1801年)をご存じだろうか。実測で日本初の日本地図を作った伊能忠敬(1745~1818年)より42年も早く完成させた。日本地図の先駆者だが、あまり知られていない。関連資料が9月、国の重要文化財(重文)に指定されたのを追い風に、出身地の茨城県高萩市の団体が業績紹介の漫画本作りなど、知名度アップのために本格始動した。 (水谷エリナ)
 「長年の悲願がかなった」。高萩市で赤水のPR活動を続けている団体「長久保赤水顕彰会」の佐川春久会長(71)は、関連資料の重文指定を喜ぶ。
 指定された資料は地図や絵図のほか、文書など693点。江戸時代中後期の文化史、地図史の研究に当たり、学術的な価値が高いとされた。
 とはいえ、日本地図で知られているのは伊能忠敬だ。忠敬は日本で初めて測量し、死後の1821年、仕事を引き継いだ弟子たちが「大日本沿海輿地全図」(通称・伊能図)を完成させた。実は、この伊能図ができる42年前の1779年、赤水は「改正日本輿地路程全図」(通称・赤水図)を作り上げた。
 赤水図の特徴は情報の細かさや高い利便性にある。山や河川名など内陸の情報が豊富で、城下町や古戦場などを分かりやすく示す。精密度は伊能図と比べ遜色がなく、目立つ違いは当時の蝦夷地(北海道)が一部しか描かれていない程度だ。小さく折り畳んで持ち運びができ、観光ガイドブックのはしりとも言える。
 忠敬が測量の際に携帯したと記録があり、松下村塾で知られる吉田松陰(1830~59年)は兄への手紙で「これがなくては不自由」と記している。
 赤水は農家の生まれ。農業をしながら儒学や天文学、地理学などの勉学に励み、当時の水戸藩主徳川治保に学問を教える侍講を務めた。地図を作り始めたのは35歳ごろ。52歳で原図を作り約10年後、天文学の知識を生かして経線と緯線を入れ、赤水図を完成させた。
 江戸幕府が伊能図を国家機密として非公開としたのに対し、赤水図は庶民に広く普及。版を重ねるベストセラーとなり、ドイツ人医師シーボルトらの手で海も渡ったとされる。
 茨城大の小野寺淳教授(歴史地理学)は「赤水図の重要な点は、伊能忠敬よりも前に経線、緯線の中に日本列島を位置付けて地名や河川の名前を詳しく入れていること。欧米に与えた影響も大きい」と解説する。
 赤水の知名度が低い理由を、小野寺教授は「忠敬も50年前は知られていなかったが、小説などに取り上げられて有名になった」と露出の少なさを挙げる。
 こうしたことから、顕彰会は一般の人が赤水の名に触れる機会を増やそうと取り組んできた。近年では赤水の一生を漫画にしたほか、書簡をまとめた本などを出版。今年は、赤水が地図に記した不思議な海上現象を元にした絵本「りゅうのひかり」や、実寸大の赤水図第2版のレプリカ(縦約85センチ、横約129センチ)も作った。
 佐川会長は「もっと知ってもらい、研究する人がどんどん出てきて論文を出してほしい」と語る。
 子どもらにも知ってもらうため、会員2人が漫画の単行本を1冊ずつ作り、来年11月に出版予定だ。1冊は、赤水の一生の続編で、もう1冊は「マンガ SEKISUI’S Brain(赤水の頭脳)」と題し、赤水の地図作りに焦点を当てるという。
 ほかにも、教科書への赤水の業績記載や、大河ドラマ化、記念館の開館を目指した活動にも力を入れる。

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