人生に迷う40代記者、プログラミングをやってみたら <アラフォー記者の探検テック>①

2020年11月12日 18時00分
 今年、小学校で必修化され、大人の間でもプログラミングへの関心が高まっている。新聞記者歴20年余、文系出身、40代の私にもできるのだろうか。今年春から半年間、週末を使って、社会人向けプログラミングスクールに通った。夜な夜なパソコンに向かった涙と眼精疲労の日々を振り返りつつ、ほんの少し足を踏み入れたテックの世界を紹介していきたい。(デジタル編集部・小嶋麻友美)

◆記憶力は衰えるばかり…それでも飛び込んだのは

 プログラミングに触れるのは、厳密に言うと初めてではない。Windows95発売と同じ年に大学に入り、コンピューターというものを知りたくて「FORTRAN(フォートラン)」という言語の授業を取っていた。科学技術の計算などに使われる古い言語で、知人のデータサイエンティストに言わせると今では「化石」だそうだ。授業の記憶は、エクセルで処理のフローチャートを書いたり、黒い画面に「DO」とか「END」とか打ち込んだ程度しかない。新聞社に就職して、パソコンの使い道はインターネットと記事の執筆、メールがもっぱらになった。
 記憶力の衰えを日々実感するアラフォーが、再びゼロからプログラミングに挑むのはなかなかの苦行である。それでも飛び込んだのには、いろんな理由があった。

原宿に移転したジーズアカデミー校舎と山崎大助学校長

 日本よりずっと広くITが活用されているヨーロッパに3年間駐在して、社会課題を解決するテクノロジーの力を実感したこと。社内でもデジタル業務を担当するようになり、裏側の仕組みを知りたいと思ったこと。

◆ひとりの不安と自由 酒の勢いで説明会に申し込む

 パーソナルな事情も打ち明けるなら、女40代、「不惑」どころか迷いばかりだ。20代、30代は目の前の仕事にただ全力を注いで楽しかったけれど、余裕が生まれてふと「これから私はどう生きるんだろう」と考える機会が増えた。
 新聞業界自体、ばら色の未来は待っていない。私はたぶんまだ人生を折り返してもいない。ひとりこのままの将来に不安を感じる一方で、何の制約もないひとりの自由さで、新しい世界に挑むなら1日でも早い方がいいと思っていた。
 「何かしなきゃ」という焦りと「何か学んでみたい」という意欲が半々で、「コードを書けたらかっこいい」という虚栄心が少し。ちょうど、同じ業界、同世代の友人が半年間、業務を離れてプログラミングスクールに通っていることを知った。駅ビルでワインを飲みながら詳しく話を聞いた夜、東京・表参道(現在は原宿に移転)の「ジーズアカデミー」の説明会申し込みのボタンを押した。
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