「自由な美術」を問う 『げいさい』 美術家・会田誠さん(55)

2020年11月8日 07時00分
 自由に、絵を、描きなさい−。
 東京芸術大の油画専攻で、自身が入学した翌年の一九八六年の入試で実際に出た課題。これが執筆の呼び水になった。「昔から愛憎があった」という「自由な美術」をテーマの柱に据え、小説の形で日本の美術界にさまざまな問いを投げ掛けている。
 主人公は、東京芸大を目指して二浪中の純朴な男子・二朗。新潟・佐渡から上京して美術予備校に通ううち、美大に合格するには一定の様式にかなう「受験絵画」を描かなければならない現実に疑問を感じていく。
 構想は二十代後半の美術家デビュー時からあった。「当時、美大を舞台にした青春小説はなかったし、日本の美術界を客観的に批評的に言葉にし、自分の態度表明としたかった」。しかし、途中で筆が止まり、塩漬け状態に。何とか完成させたいと四年前に執筆を再開。タブレットを使い、指一本でポツポツと文字を打ち込んだ。
 物語は二朗の回想スタイルで進み、恋人が入学した多摩美術大の学園祭、通称「芸祭(げいさい)」での一夜を中心に展開する。飲み会の場面では、その年に亡くなった現代美術家ヨーゼフ・ボイスの評価、日本の歴史感覚の欠如、美大や現代美術のシステムなどを巡り、示唆に富んだ議論が繰り広げられる。
 二朗のほか、虚無的な優等生、流行に軽薄に反応する友人、冷静に現状を分析する美大助手、美術界への不満を爆発させる「しがない絵描き」ら主要登場人物について「それぞれ自分の投影。相矛盾する人格が同居しているので」と笑う。
 予備校に慣れた二朗が、絵の具で汚れた格好で外で昼食中、スーツ姿の会社員を眺め「壁」を感じる描写も。昨年のあいちトリエンナーレの展示中止問題を、現代美術と一般社会のズレの顕在化だとし「高校まで普通科で学んできた子が急に『美術系の人間』になるが、付け焼き刃的な人格で自覚もある。美術家といっても他の人と大差ないことを書いておきたかった」。
 終盤では、二朗が一浪時の東京芸大受験で、葛藤の末に本当に自由に絵を描いたことが明かされる。
 自身は「自由100%だった一九七〇年代の現代美術」に行き詰まりを感じ、日本の古典形式をベースに自らを縛ることが多い。「美術は何を目指すべきかが分散している時代。『自由な美術』についてはずっと考え続けている」。文芸春秋・一九八〇円。 (清水祐樹)

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