<ふくしまの10年・元牛飼い2人の軌跡>(1)外に出るな 汚染されている

2020年11月10日 07時13分

高濃度に汚染された飯舘村で、牛の世話を続けた長谷川健一さん=2011年3月30日、豊田直巳さん提供

 東京電力福島第一原発から北西に三十キロ以上離れた福島県飯舘村前田地区。ここで乳牛約五十頭を飼い、地区の区長もしていた長谷川健一さん(67)は東日本大震災四日後の二〇一一年三月十五日夕、地区の住民を集会場に集めてこう伝えた。
 「家の外にはできるだけ出ない方がいい。畑の野菜も汚染されてっから、食べちゃなんねえ」。長谷川さんは、原発が極めて厳しい状態だと、東工大大学院で核物理を学び、役場で農政担当をしていた杉岡誠さん(44)=現村長=から聞いていた。
 前日には3号機で水素爆発が発生。この日は2号機で格納容器が損傷し、膨大な高濃度汚染蒸気が放出され始めた。汚染蒸気は風に乗って飯舘村がある北西方向に向かい、運悪く降っていた雨と雪とともに村内一円に降り注いだ。隣接する南相馬市や浪江町から避難してきた人たちもいた。昼ごろから放射線量が急上昇。前田地区では毎時一〇〇マイクロシーベルトを超えていたと後に知った。
 「飯舘の酪農は駄目になるかもしんねえな」。長谷川さんは覚悟し、翌十六日朝、長男や孫らを千葉県の弟宅に送り出した。自身は牛の世話があるほか、区長としての務めもあり、妻の花子さん(66)と残った。苦しい年月の始まりだった。 (山川剛史が担当します)
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