<中村雅之 和菓子の芸心>「高麗餅」(大阪市・菊壽堂) 贔屓役者にあやかって

2020年11月13日 07時59分

イラスト・中村鎭

 「大向こう」が入らない歌舞伎は、3日前に開けたサイダーのようで味気ない。
 「大向こう」とは、歌舞伎で、型が決まったり、役者が登場したりした時に、客席から掛かる声のことだ。舞台から見て遥(はる)か遠くの席に陣取る芝居通が掛けることが多く、そう呼ばれるようになった。本来は、そういった席や芝居通のこと自体を指す隠語だった。
 誰が掛けても良いのだが、タイミングが難しく、大概は、芝居通が集まる会に属している人たちが掛ける。歌舞伎座にもいくつか、こういった会がある。
 かつては「ダイコン」などという辛辣(しんらつ)な言葉も飛んだが、定番は役者の代数や屋号だ。
 江戸時代、百姓・町人にとって屋号は苗字(みょうじ)代わりだった。歌舞伎の世界では、明治維新以後も屋号が生き続けている。今は、同じ一門なら共通の屋号を使うのが一般的。坂田藤十郎のように、別の芸系の名跡を襲名したりすると、屋号も代わる。

初代松本白鸚(前名・八代目松本幸四郎)

 市川團十郎は「成田屋」、尾上菊五郎は「音羽屋」、片岡仁左衛門は「松嶋屋」。芝居好きなら主な役者の屋号くらいは知っている。屋号の由来はさまざま。松本幸四郎の「高麗屋」は、初代が役者になる前の奉公先の商家の屋号にちなんだとされる。
 「高麗餅」が生まれたのは戦後間もなく。芝居好きだった先々代の店主が、贔屓(ひいき)にしていた八代目幸四郎にあやかり名付けた。戦災に遭い、移転して再起を期した土地の名前とも重なった。
 小ぶりの求肥を餡(あん)で包んでいる。餡は、粒餡、漉(こ)し餡、白餡、抹茶餡、白胡麻(ごま)の5種類があり、並べると美しい。求肥は殊の外柔らかく、口の中に入れると、餡とともにスッと溶けてしまうほどだ。 (横浜能楽堂芸術監督)
<菊壽堂> 大阪市中央区高麗橋2の3の1=(電)06・6231・3814。5個入り750円。

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