<森田県政終焉へ 検証3期12年>(上)政策に明暗 トップセールスで成果 福祉は「ノーアイデア」

2020年11月14日 07時18分

タイのイベントで県産の梨をPRし、来場客に囲まれる森田健作知事(右)=2012年8月、タイ・バンコクで(県提供)

 森田健作知事(70)が四選不出馬を表明し、森田県政は来春、幕を閉じる。県のトップとして、抜群の知名度と人脈を駆使し、東京湾アクアラインの通行料金値下げや、東京五輪・パラリンピックでは、開催都市に次ぐ多さの競技を誘致するなど成果を残した。一方で、昨秋の台風災害の対応で批判を浴びるなど危機管理の面で甘さも見られた。千葉をどう変え、何をもたらしたのか−。森田県政の十二年を検証する。
 かつて俳優、歌手として活躍し、元国会議員としても活動した森田知事の知名度がもっとも発揮されたのは、海外で観光や農水産物を自ら売り込む「トップセールス」だった。任期中に足を運んだのは台湾やマレーシア、ベトナムなどアジア五カ国・地域で計七回。政府要人らとの面会も次々と実現させた。
 二〇一二年八月、タイ・バンコクで開かれた観光イベント「国際旅行博」。ステージに森田知事が姿を現すと会場は歓声に包まれ、出演作のDVDやポスターにサインを求める人たちでごった返した。
 イベントで森田知事は、果物や温泉、海産物を紹介し、千葉の魅力をPR。声援に応え、自身の代表曲「さらば涙と言おう」をアカペラで披露する一幕も。会場の熱気に、同行した職員に「アイドル時代に戻ったみたい」と頬を緩ませた。
 県などによると、一九七〇年代、森田知事が主演した青春ドラマ「おれは男だ!」はタイでも放送。ストーリーにちなんで剣道ブームが広がり、森田知事が演じる主人公の髪形も流行するほど人気を博した。
 「俺が現地に行って花火を打ち上げる」。森田知事は口癖のように職員にそう語ってきた。森田知事が十二日の会見でも「行けば行くほど売れる」と胸を張ったのが農産物。県の調査では、特にマレーシアやシンガポールへのサツマイモの輸出が好調で、二〇一九年までの五年間で輸出量は百倍に増えた。
 観光も好調だった。一九年の国別の県内宿泊者数は、スタディーツアーなどの誘致をした台湾は約五十七万五千人と、森田知事が初訪問した一一年と比べて五倍に増加。タイも一一年から伸び続け、一九年は九倍超の約三十一万六千人に達した。
 「知事が出ると天気が良くなる」。就任直後、県庁職員の間では、こんなうわさも広まっていた。天皇、皇后両陛下(現在の上皇、上皇后両陛下)を招いた一〇年九月の千葉国体開会式は、台風の影響による荒天が心配されたが、式が始まる時間は雨から一転して青空に。「不思議な力がある人だった」と、県職員OBは振り返る。スポットライトが当たる舞台では、森田知事のスター性が輝いた。
 一方で、福祉や医療施策については手薄な印象が残った。今年六月に公表された人口一人当たりの社会福祉費は全都道府県で四十六位、老人福祉費は四十七位、児童福祉費は四十一位と最低ランク。いずれも森田知事が初当選したころから低迷が続く。
 千葉市内の高齢者福祉施設関係者は「人口の割に高齢者施設は少なく、介護福祉士なども不足し、現場はぎりぎりの状況。県に支援を求めてもなかなか反映されなかった」とこぼす。
 ある県議は「福祉に対してはノーアイデア。特に児童福祉の問題は放置されてきた」と指摘。児童相談所の一時保護所の過密化、児童福祉司不足といった問題はこれまでも指摘されてきたが、県が児相増設など本格的な対策に乗り出したのは、一九年一月に野田市の小学四年女児が死亡する虐待事件を受けてからだ。
 この県議は「トラブルが起きるまで動かず、対応が後手に回る組織になっている。声を上げられない人にしわ寄せが来ている」と危惧する。 
(この企画は、中谷秀樹、太田理英子が担当します)

関連キーワード

PR情報

千葉の新着

記事一覧