しんどさを減らして 初の著書『せやろがい!ではおさまらない』出版 「せやろがいおじさん」こと 榎森耕助さん(お笑い芸人)

2020年11月14日 13時09分

『せやろがい!ではおさまらない』(ワニブックス刊)より

 「お〜い」。沖縄の真っ青な海や空をバックに、赤いはちまきとシャツの男性が叫ぶ。何よりも目を奪うのは赤ふんどし。早口の関西弁でまくしたてながら白い砂浜を走り、岩によじ登る。ドボーンと海に飛び込む。最後はポーズを決めて「せやろがい!」(関西弁で「そうでしょ!」)。
 これがネットで注目を集める「せやろがいおじさん」。動画チャンネル登録数は三十四万人を超え、民放テレビにも今秋まで一年間出演。先月、初の著著『せやろがい!ではおさまらない』(ワニブックス)を出版した。最大の魅力は、政治や社会の問題を面白く分かりやすく伝えること。著書では「政治は身近なこと」と呼び掛ける思いの源泉を、やはり「面白おかしく」つづった。
 どんな動画なのか。たとえば昨年物議を醸した「老後資金は夫婦で二千万円必要」という金融庁報告書の試算では、こんなふうに叫んだ。「百年安心の年金制度って豪語していて、急に人生百年時代の蓄えを〜!って自助努力呼びかけられてもビックリするわ!」
 続けて、「アメリカから高価な戦闘機を六兆円かけて百機ぐらい爆買いしまくる」よりも、出産一時金の増額や保育士の待遇改善などの少子化対策に予算をつける方が「まだ明るい未来見えると思う」。率直な叫びに、「国民の気持ちを代弁」と共感が広がった。
 笑っているうちに社会問題がすらすらと頭に入る。テンポの良さもそのはず、「おじさん」の正体は沖縄のお笑いコンビ「リップサービス」の突っ込み役、芸人の榎森耕助(えもりこうすけ)さん(33)だ。
 制作した動画は百四十本以上になる。SNSは非情な世界で、目立ってなんぼ。奇抜なふんどし姿や、沖縄の美しい自然を背景に使うのは「おっさんの一人語り」をいかに見てもらうかという工夫から生まれた。
 お笑いのスタイルをとるのは理由がある。「社会や自分の問題点を考えるのってストレスになりますよね。だから動画で笑ってもらって、問題に向き合うしんどさを減らして、『もっと知りたい、考えたい』と思ってもらえたらと思う」
 最近では、検察庁法改正案について制作した動画が、世の中を動かす発端になった。その動画を見て問題意識を持った女性が、ツイッターで「#検察庁法に反対します」と、最初に投稿したのだ。すると芸能人らも参加して世論が高まり、法案提出は見送られた。
 出身は奈良県。大学進学を機に沖縄に住み始め、十五年がたつ。お笑いコンビを結成し、コンテストで何度も入賞したが食べていけず、三年前に動画配信を思い付いた。政治や社会に関心を持ったきっかけは二十代半ばで、評論家荻上チキさんが専門家と時事問題を読み解くラジオ番組を聴き始めたこと。「このまま何も知らない中年になっていいのか、と」。やがてネタにするようになった。
 「日本では、政治的発言はタブー扱いされる。なぜあかんのやろ?」。さまざまな問題に触れ、そんな疑問がわいた。そして問題は思想の対立ではなく、「自分と違う意見の人は敵だ」と、すぐさま攻撃対象にする風潮にあると気付いた。
 感情で対立している限り、議論はかみ合わない。「辺野古の基地移設でいえば、賛否にかかわらず、マヨネーズみたいな軟弱地盤に建設することに共通の問題意識が持てるはず。そこをしっかり話し合えばより良い未来が見えるのに」
 目を向けるのは社会の構造だ。テレビ出演時には、育児放棄や虐待事件が起きるたび、親をバッシングするメディアに違和感を覚えたという。親を責める気持ちは「当然だし、分かる」。でも「それではモグラ叩(たた)きゲームと同じ。ゲーム機本体の電源を切る必要があるように、社会的に孤立した親を支援して虐待を止めない限り、何度でも子どもの悲劇が繰り返される」。
 性暴力をめぐる問題では、自分の中にも「しょせん女は」といった、ミソジニー(女性蔑視)があると告白した。「自分と向き合って改善するのはしんどい。でも失敗だらけの僕みたいな人間だからこそ、上から目線の押しつけじゃなくて、『みんなで一緒にアップデートしていかへん?』って発信できたらな、と思ってます」 (出田阿生)

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