<首都残景>(18)御岳山 染まる神々と暮らす町

2020年11月15日 07時05分

武蔵御嶽神社(左上)が鎮座する山頂付近で御師に営まれる宿坊が肩を寄せ合うように立ち並ぶ集落。この時期は紅葉に包まれる(ドローンで撮影)=いずれも青梅市で

 東京の奥座敷、奥多摩の御岳山(みたけさん)は今も昔も信仰の山である。
 山頂の武蔵御嶽(みたけ)神社は七三六年、行基が蔵王権現の像を安置し、信仰を集めた。一六〇六年に徳川家康によって東向きに改められ、江戸城守護の神となった。以来、江戸や近在の人々は、こぞって講をつくり、路銀を積み立てて、新緑や紅葉を楽しみに山に詣でた。
 標高九二九メートルの山には、御師(おし)が営む三十一戸の宿坊群が今もある。御師とは参詣客の世話をする者で、神職でもある。土産物店や食堂などもあり、四十世帯、百二十六人が生活する「天空の町」を形成している。

講の代表者たちが太々神楽の奏上前に集落の住民らへ硬貨をまいて福を分かち合う

 十月二十九日、川崎市宮前区で百七十年の歴史を持つ馬絹講の一行が御岳登山鉄道に乗ってやってきた。神社に伝わる太々(だいだい)神楽を奉納するためで、講元の尾幡英世さん(87)によると、年に一度の神楽奉納は今回で百回目になるという。
 「毎年四月にバスを仕立てて詣でていましたが、今年はコロナ禍で中止になりました。それでも百年も続いた神事を途切れさせるわけにはいかないと、代表者だけで来ました。父親や祖父も山に通ったんです」
 一行は、宿坊のひとつ「山中荘」でお祓(はらい)を受けた後、広場に出て、投げ銭をして福を分かちあった。縁起物の銭を拾うため住民がざるを持って集まり、盛り上げる。

御師の家系に伝承される太々神楽を講が祭神へ奏上する。講にとって最も格式が高い参拝方法とされる

 山頂の神社までは石段を上って約二十分。道の横には関東一円の御岳講が建てた高さ四、五メートルもの大きな石碑が百本以上も並んでいる。御岳講は現在も二百五十ほどもあり、馬絹講はその中でも古い様式を忠実に残している講のひとつだそうだ。
 神社に参拝し、神楽殿へ。古事記の神話世界を思わせる「三神和合」など山に受け継がれる演目を御師たちが奏(かな)で舞う。
 御師を務めたのは服部朋也さん(33)。四百年以上続く「やまなか」の血筋を引くが、自身は都会で育ち、修行を経て二年前に神職になった。「学ぶことが多すぎて一分一秒が惜しいほど」と真っすぐな目で話す。
 神社本殿から見下ろすと、錦色に染まった山並みの向こうに、関東平野が広がっていた。
 人が神々と暮らす町に今年も秋が来た。
 文・坂本充孝/写真・戸上航一
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