「戦争のない平和な国に」 日赤県支部で殉職救護員の追悼式 元同僚ら参列、史料展も

2020年11月15日 07時40分

慰霊碑に献花する川田春枝さん(右から2人目)=さいたま市浦和区の日赤県支部で

 太平洋戦争で戦場などに赴き、傷病兵らの看護に当たり殉職した「赤十字救護員」の追悼式が四日、日赤県支部(さいたま市浦和区)であった。元救護員で、国内の病院で帰還兵らの看護に当たった県内出身の川田春枝さん(94)も参列し、「もう二度と戦争は起こしてはいけない」と強く繰り返した。 (前田朋子)
 追悼式は今回で六十三回目で、遺族や支部長の大野元裕知事ら約四十人が列席した。戦後七十五年の節目を迎え、支部では併せて戦時救護班の制服や装備、派遣命令通知などを展示する史料展も行っている。
 県支部によると、戦時中に県支部から派遣され、殉職した救護員は三十二人。ほとんどが二十歳前後の女性で、うち十八人はフィリピンの病院に「第三〇一救護班」として配属され、爆撃や飢え、病気などで亡くなった。
 深谷市出身の川田さんは、当時大宮にあった看護学校を卒業後、野比海軍病院(神奈川県横須賀市、現国立病院機構久里浜医療センター)に配属された。傷病兵を乗せた病院船が着くたびに患者を迎え入れ、看護だけでなく防空壕(ごう)を掘り、対空見張り員としても活動したという。殉職した三十二人の中には学校の同期生や上級生も含まれており、展示写真を見て涙ぐむ場面もあった。
 史料展では川田さんと、この日は欠席した同じく元救護員の木村美喜さん(92)=桶川市=のインタビュー映像も公開。川田さんは若い世代に向け「戦争のない平和な国にするよう、努力してほしい」との言葉を贈った。史料展は県支部一階で十二月四日まで、午前十時〜午後四時。入場無料。問い合わせは県支部=電048(789)7117=へ。

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