<森田県政終焉へ 検証3期12年>(下)災害対応 危機管理の甘さ露呈 求められる「実務家知事」

2020年11月16日 07時12分

ブルーシートで屋根を覆われた台風15号の被災地を視察する森田健作知事(右)=2019年9月20日、鋸南町で

 二〇一九年九月、台風15号の対応で森田健作知事には、県庁の内外から厳しい視線が向けられた。災害対策本部の設置が遅れ、自身は「私的視察」を理由に、外出を繰り返していたからだ。
 県幹部らでつくる庁内検証チームが今年三月にまとめた最終報告書では、森田知事は、台風15号が上陸した昨年九月九日は終日、県庁に立ち寄らなかった。翌十日朝に災害対策本部が設置されたが、直後に県庁を出て、三十キロ以上離れた芝山町の私邸に立ち寄った。別の日も、県内で断水や停電が続く中、東京都へ散髪に向かうなど私的外出を繰り返した。報告書は当時の森田知事の対応を「適切とは言えない」と指摘した。
 被害が甚大だった鋸南町を公務で視察したのは被災から十一日後。「百聞は一見にしかずだ」。森田知事を案内した白石治和町長が報道陣に漏らした。当時、停電・被災した市町村から詳しい状況が入らず、県の被害把握の遅れにつながった。長期間の停電と断水などこれまで経験したことのない被害は、知事の不適切な対応だけでなく、県の情報収集体制の不十分さや、東京電力など関係機関との連携が不足していた課題を浮き彫りにした。
 今月十二日の会見で森田知事は、「私を含め県庁職員、県全体でも足りない部分があった。十分なチームができていなかった」と振り返った。
 災害対応への批判は以前もあった。「市町村に寄り添う気持ちがない」と話すのは、松崎秀樹・前浦安市長(70)。市長だった一一年三月の東日本大震災では、市内各地で液状化被害が発生した。森田知事が同市を公務視察したのは、発生から三カ月以上経過した六月。菅直人首相(当時)の視察に合わせたものだった。
 森田知事は一一年五月の県議会で、「四月に浦安、我孫子、香取に行って自分の目で被害状況を見てきた」と私的視察したことを明かしているが、「知事が口にする視察はどんな形で行われたのか」と疑問を投げ掛ける松崎前市長と見解が食い違うこともあった。
 昨年の豪雨被害では、県による土砂災害警戒区域の指定や、市町村の洪水ハザードマップの基となる県の浸水想定区域の公表が遅れている実情も明らかになるなど危機管理体制の不備があらわになった。
 平成に入って、青島幸男(東京)、横山ノック(大阪)、東国原英夫(宮崎)などタレント出身の知事が次々と誕生した。森田知事も知名度を武器に、県の顔として成果を残してきた。だが、県内のある首長は「気候も変動して災害が増え、少子高齢化など地方の課題も山積している。これからの知事には危機管理をはじめとした実務能力が一層問われてくるだろう」と話す。森田知事の勇退は、時代の変化を示しているのかもしれない。 (この企画は、中谷秀樹、太田理英子が担当しました)

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