<ブルボン小林 月刊マンガホニャララ> (19)テレビに出る浦沢直樹

2020年11月16日 07時14分

浦沢直樹『あさドラ!』 *『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)で連載中。既刊4巻。

 テレビで高田純次が街歩きする番組を見ていたら、漫画家の浦沢直樹がゲストで出てきて新鮮だった。漫画家が町歩きみたいなテレビに出るのは、珍しいことだ。
 漫画家とは、室内にこもってひたすら筆をカリカリ動かす、内向きな営為だ。出たがり、目立ちたがりが目指す職業では本来、ない。
 今や若手は特に出たがらないし、編集者も余計なことで作家の心労を増やしたくないから勧めないしで、漫画の描き手の「顔」はどんどん大衆から遠ざかっている(ネットで画像検索すれば分かる人も多いが、漫画に興味のない大衆が受動的にテレビでみて知っている顔がない)。
 もちろん公表する義務はないし、個別に批判すべきことでもないが、なにか危うさを思う。
 手塚治虫や石ノ森章太郎の顔は皆が知っている。彼らがたまにテレビメディアに出ていたからだが、彼らが特別に出たがりだったとは思わない。子供への影響力の大きな漫画という謎の職業を、健全なものだと証明するため、社会人の義務として露出していたのだと僕は考える。
 手塚たちの時代に比べても漫画は老若男女に身近なものになっているし、社会的評価も高くなった(手塚が亡くなったとき国は勲三等を与えたが、今だと国民栄誉賞だったろう)。でもどんな状況でも作り手の「顔がまるでみえない」のは、いつだって不安だ。浦沢直樹は今の時代にもなお、自覚的に漫画家のパブリックイメージを引き受けてカメラの前に立っている。そのことに対し僕は(勝手に)信を置く。彼は『鉄腕アトム』をリメークし、僕はかつてそれを批判的に評したのだが、同時に彼が「手塚の衣鉢を継いだ」とも書いた。そしてその「衣鉢」とは作品だけでない、手塚と同様にメディアの矢面に立つ役割をも自らに課したことを指している。
 浦沢はNHK・Eテレの『漫勉』という番組でも漫画を啓蒙(けいもう)している。超小型カメラを設置し、人気漫画家が作品を描くその手つき「だけ」を徹底して撮影し、彼らの高度かつ繊細な技法をみせてくれる番組だ。
 その番組自体には、僕はハラハラしている。漫画家はすごい技術と作業で一コマ一コマを精魂込めて描くが、読者はそれを一秒で読み飛ばす。それが漫画の「機能」だ。変な言い方だが受け手が「尊敬しなくていい」のが漫画のメリットのはずで、精魂をテレビでみせちゃうと、いつかそれを仰ぎみなくてはいけなくならないか。それは漫画に幸福なことだろうか(もっとも、現在はネット上に音楽やダンスなどの高度な技術が無料で開陳された時代で、漫画もある程度「みせる」必要を彼は感じているのかもしれず、それはそうかもしれないが)。

男の顔が縦にだんだんズームするように配置してあることで沈黙の気配が増す=浦沢直樹『あさドラ!』4巻から

 ともあれ、浦沢の最新作『あさドラ!』は精魂込もっている。オールアナログ(多分)作画で緻密な描き込みだ。人物が同じ表情を二コマ繰り返す(台詞(せりふ)にタメを作ったり無言の時間を流せる)のも、コマ割りをしっかり作りこめる人しかできない。謎の巨大怪獣と少女の邂逅(かいこう)を描くが、氏の過去作ほど「大風呂敷」にみえず、楽に読める。題名の朝ドラさながらにヒロインをスムーズに子役から成長させ、飛行機乗りに仕立ててみせる手つきは鮮やかで、ノッて描いている気配。『漫勉』もいいが、現役作家の意欲作にこそ注目していたい。(ぶるぼん・こばやし=コラムニスト)

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