<ひと物語>その日まで諦めない 特定失踪者家族・藤田隆司さん

2020年11月16日 08時19分

アルバムをめくり、兄の記憶をたどる藤田隆司さん=川口市で

 待てども待てども事態は動かない。でも、決して諦めてはいない。川口市に住む藤田隆司さん(62)の意志は固い。兄の進さんは、北朝鮮による拉致の疑いを排除できない特定失踪者の一人。十九歳で消息を絶ち、もう四十四年になる。
 隆司さんにとって、一歳上の進さんは頼もしい存在だった。小学生の時に水泳の全国大会で活躍。中学校では生徒会長を務めた。「悔しいけど、勉強も運動も何をやってもかなわなかった。妙に大人びていて、ケンカの相手すらしてもらえなかった」
 そんな自慢の兄が一九七六年二月、「新宿にバイトに行く」と自宅を出たまま姿を消した。「洗濯物出してけよ」「明日休みで、自分で洗濯するからいいよ」。妻を亡くし、男手一つで思春期の兄弟を育ててきた父の春之助さんが、進さんと交わした最後の会話は他愛のないものだった。
 五人の拉致被害者が帰国を果たした二年後の二〇〇四年。脱北者が持ち出した写真の男性が鑑定の結果、進さんである可能性が高いと分かった。「もうすぐ帰ってくる」。家族の期待も膨らんだが、それから時間だけが過ぎた。昨年十月、春之助さんは九十五歳で亡くなった。
 全国で確認されている特定失踪者は八百人超に上る。「政府が認定していないから、拉致被害者ではない」と誹謗(ひぼう)中傷を受けることも少なくない。春之助さんの葬儀にも政府関係者の姿はなかった。「これだけの証拠があるのに、なぜ拉致と認められないのか。素朴な疑問に政府は答えてくれない」と語気を強める。
 拉致問題の解決を求めて今年十月、アピール行動の場所に選んだのは国会前。「親子が会うことすらできない。もし自分の家族だったらと想像してみてください。こんな理不尽がありますか」。仲間の被害者家族らと声を張り上げた。
 日米の政治状況や北朝鮮の動静の変化に希望を託しつつ、拉致問題への社会の関心は残念ながら低下していると感じている。JR川口駅前での毎月の署名活動も、新型コロナウイルスの影響で中断を余儀なくされている。

国会前で拉致問題の早期解決を仲間とともに訴えた=東京・永田町で

 「だからと言って、私たちが何も訴えなくなったら存在が忘れ去られてしまう。伝え続けないといけないんです」。自宅には弦の一部が切れ、色あせたギターが一本、今も残る。進さんが愛用していたものだ。その音色を再び耳にできる日が必ず来ると信じている。 (近藤統義)
<ふじた・たかし> 川口市生まれ。介護施設に勤めながら、特定失踪者家族会などの活動に加わる。進さんら川口に関係する5人の拉致被害者・特定失踪者の写真展が12月10〜14日、市立中央図書館で開かれる。同家族会による新著「『ただいま』も言えない 『おかえり』も言えない」(高木書房)が発売中。

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