コロナの中の「移動」

2020年11月16日 07時18分
 人類の歴史は移動の歴史。歩き、馬を使い、やがてさまざまな交通機関を発展させた。新型コロナウイルスはその移動を止めた。そもそも人間にとって移動とは何か。コロナショックは何をもたらすのか。

<コロナと交通機関> 新型コロナウイルスで世界中の移動が止まり、交通機関に甚大な影響を与えている。中小業者が多いバス、タクシー業界では倒産が相次いでいる。鉄道ではJR東日本などが民営化後、初の赤字になる見通し。航空会社はもっと深刻で、国際航空運送協会(IATA)は、4月上旬時点で世界の航空便の本数が前年比80%減となり、今後1年間で航空各社の旅客収益が同55%減となる見通しを明らかにした。逆に「情報の移動」が盛んになり、IT業界に活況をもたらしている。

◆長期滞在 交流深まる クリエーティブディレクター・坂田ミギーさん

 一昨年の暮れにキャンピングカーを購入しました。米国のネバダ州で開かれた「バーニングマン」という一週間ほどのお祭りに、キャンピングカーを借りて行った際に「これで生きられるじゃん!」と思ったのがきっかけです。これをモバイルオフィスにすれば、ずっと家とオフィスにいなくてもいいと気付きました。
 コロナの影響で確かに旅先で配慮しなければいけないことが増えましたが、一方で宿泊の単価は下がっているし、テレワークやワーケーションを推進する動きが加速して、長期滞在がしやすくなりました。週末だけが旅行できる日という従来の考え方が変わりつつあると感じています。
 コロナ前は、取引先から「会社に来てほしい」という要求があって、週末プラス一日ぐらいしか旅先にいることができなかったのが、今は、平日の仕事のある日でも旅先にいることができるようになりました。気にいった地域に滞在して、ここで何か事業ができないかをじっくり考えたりしています。滞在する関係人口が増えることで地域の人に歓迎してもらえる、そんな流れが盛り上がっていってほしいと思います。
 ロシアとの国境付近でトナカイの遊牧をしているモンゴルの少数民族ツァータンに会った時に、私自身の「物差し」が壊れました。流行の服を買い込んで一度も着ないまま捨てるなんてばかなことをしていた私にとって、家も含めて自分たちで運べるモノしか持たず、幸せに暮らしているツァータンの生活は衝撃でした。
 さまざまな価値観があるということは映画や書物で何回も触れていたはずなんだけれど、知っているだけで分かっていなかったのか、分かっていてもできなかったのか。旅から得る情報量は圧倒的でした。
 「旅をしても人生変わらない」とおっしゃる方もいらっしゃいますが、後から効いてくるのが旅かもしれない。後々振り返るとあの旅が自分に効いていたと思うことがあるかもしれないという気持ちで本を書いています。今書いているのは独り旅の本。地域の人に助けてもらって、さまざまな体験ができたのは私自身が独り旅だったからではと今になって思います。旅に出る前の私みたいな人の背中を押すことができたら。 (聞き手・中山敬三)

<さかた・みぎー> 1982年、福岡県生まれ。広告制作会社勤務を経て独立。エッセイストとしても活躍中で著書に世界一周旅行の体験をまとめた『旅がなければ死んでいた』など。

◆人間関係の構築に壁 哲学者、名古屋大准教授・久木田水生さん

 人類の祖先はおよそ六百万年前に直立二足歩行を始めたとされています。移動効率が良く、少ないエネルギーでたくさん動ける。長時間かつ長距離移動できることが、生物としての人間の大きな長所になりました。
 動物を追い掛けて疲れたところを狩ることができ、栄養が豊富になりました。また手が自由に使えるため、道具や火を手に入れました。能力のアウトソーシング(外部委託)です。結果、消化器が短くても栄養が摂取できるようになって、その分、エネルギーが脳に回って知能が向上した。移動能力と知能の進化には密接なつながりがあったわけです。
 そして人間は世界中に広がっていきます。やがて定住しますが、米国の進化生物学者ジャレド・ダイヤモンドが言うように、定住後も文明間、特にユーラシア大陸で物やアイデアの移動がありました。細菌やウイルスも。人間は昔から、新型コロナウイルスのような感染症に苦しめられてきました。それは、どこかから移動してきた細菌やウイルスが文明社会に定住し飼いならされる歴史です。
 コロナ禍の今のように、感染を抑制するためには人の移動を止めざるを得ませんが、昔と違うのは情報通信技術(ICT)というアイデアの移動手段があることです。情報交換には困らない。問題は、コミュニケーションがそれだけではないという点です。密接な人間関係の構築がどこまでできるのか。
 ICTにはほかにも問題があります。技術が進めば進むほど、人間はただのデータの束として扱われるようになるでしょう。それは物事の効率化には役立ちますが、データから見て役に立つかどうかだけで人を判断する傾向を助長しかねない。それは究極、個人の生きる意味をデータで判断するというところに行ってしまいます。
 思想家の柄谷行人の言葉を使うなら、人間には原初的な「遊動性」があり、自由に生きてきました。定住でそれは失われましたが、人間の中には今も縛られたくないという欲求があると思います。世界は今や、人の物ではない場所はなく、サイバー(電脳)スペースもプラットフォーム企業に占有されています。どこかに「自由な避難所」を見つけたい。そのためには市民やコミュニティーの価値を反映した移動技術、科学技術が必要なのだと思います。 (聞き手・大森雅弥)

<くきた・みなお> 1973年生まれ、岩手県出身。2017年から名古屋大大学院情報学研究科准教授。専門は哲学、倫理学。博士(文学)。著書に『ロボットからの倫理学入門』(共著)など。

◆移住し内省の時間も ハウスバード社長・浅見清夏さん

 ことし四月、東京から軽井沢に移住しました。軽井沢には親戚の別荘があり、三年ほど前から移住も考えていました。できなかった理由は二つあります。一つは私と夫の仕事です。もう一つ、娘が通う保育園を変える勇気がなかったんです。
 ところが、コロナで状況が一変しました。仕事はリモートになり、娘は保育園にあまり行けなくなりました。東京でずっと家にいるなら、軽井沢にいる方がいいんじゃないか。そう考えて移住を決めました。
 移住してみて一番良かったと思うのは、内省する時間を多く持てるようになったことです。東京にいた時は仕事が忙しく、娘も小さいので、基本的に仕事と子育てだけの生活でした。常にオンという感じですね。今は、自然がすぐそこにある生活です。自然の中にいて、内省しやすい環境です。
 最初の三カ月は、刺激が足りないと感じていました。食事とか交友関係とか。でも今は、そういう依存から解放されています。移住は地域コミュニティーとの関係が難しいと言われますが、軽井沢には外国の方も多く排他的な風土はありません。近所の方から野菜をいただいたりすることもあります。
 娘の保育園は、東京にいた時はビルの中にありました。今の保育園は面積が十倍以上あります。子育てや教育の環境の良しあしは、どういう思想を持つかによって違ってきます。例えば外国語を勉強させたいと思うなら、東京の方が環境はいいでしょう。自然派教育をしたいなら軽井沢の方がいい。私は、娘が小学校低学年ぐらいになるまでは自然派教育の方がいいかなと思っています。
 リモートワークが広がり、移住に興味を持つ人が増えています。ただ、週に一、二回は出社という会社がまだ多いので、移住先を選ぶ際、まず大事なのは職場への通勤時間や方法です。次に学校や病院などの施設が整っていること。さらに、それぞれの趣味や嗜好(しこう)に合った場所を選ぶことが大切です。
 移住する人が今後、爆発的に増えるとは思いません。環境をがらりと変えるのには、行動力やビジョンが必要だし、お金も少しはかかるからです。必要なものがそろわないと実現しません。それでも私は、皆もっと移住したらいいんじゃないかなと思っています。 (聞き手・越智俊至)

<あさみ・さやか> 1984年生まれ、神奈川県出身。青山学院大卒。コンサルティング会社、政府系投資会社などを経て2017年にハウスバードを設立。ゲストハウスのプロデュースを手掛ける。

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