<視点 見張り塔から メディアの今>日本学術会議問題 専修大教授・山田健太さん

2020年11月17日 07時45分
 学問の自由は、これを保障する−。この極めてシンプルな憲法二三条は、学問研究、研究発表、教授といった、自由な研究内容や成果の発表、そしてとりわけ大学における教師が教える自由を保障するものと解されている。この規定は、戦前の大日本帝国憲法にはなかったし、諸外国の憲法の中でも一般的なものではない。ではなぜ「わざわざ」憲法条文に規定して保障することにしたのか。
 理由はもっぱら戦争の災禍を受けての反省からで、戦前・戦中の澤柳、滝川等の事件を通じ、研究・教育の場から自由が消え去ってしまったことを鑑みてのことである。そしてこれらの経験が示すのは、単に個々の研究者の自由があるだけでは、学問の自由は簡単に奪われてしまう歴史だ。だからこそ、学問共同体(アカデミア)としての大学、学会等の活動を、きちんと保障する必要性がある。日本学術会議はまさに学者、学会を取りまとめた組織であって、この対象そのものだ。
 このような自由を守る防波堤として重要なのが「大学の自治」である。個別に言えば、人事、施設や学生管理、研究教育の内容や方法、そして財政のそれぞれにおいて、大学の自主自律の決定に委ね、国をはじめとする公権力の干渉は許さないということだ。なかでも人事は重要なポイントで、対外的に大学の人事が独立していることと、学内において学長に対し教授会の人事権が守られていることと解釈されてきた。
 しかし実際には、国立大学の学長選出方法や学内の任用手続きについては法改正によって、従前の解釈は風前の灯(ともしび)でかろうじて実態として守られているという状況だ。だからこそ、今回の日本学術会議の任命問題は、こうした「最後の一線」を突破して、直接的な人事権を行使してきたものとして大学関係者の総反発を受けているということになる。
 さらに言えば、研究活動や大学運営において公的な支援が不可欠で、それによって十全な学問の自由が発揮できる環境が整うことになる。その意味で、各種助成制度は自由を実効あらしめるための国家の義務であるが、前提はあくまでも「国家からの自由」であって内容等への公権力の介入は一切許されない。学問研究・文化芸術分野において、ひも付きの自由はあり得ないことを、政府はじめ社会全体で再確認しておきたい。   (隔月掲載)
 ※過去の連載は本紙ウェブ版のほか「愚かな風」(田畑書店)で読むことができます。

◆学問の自由を巡る動き

1913 京都帝国大学総長の澤柳政太郎が、教授会の自治要求を振り切り教授7人を辞職させる
1933 京都帝国大学教授滝川幸辰の講演内容が自由主義的であると問題視され、著書が発禁処分、本人も休職処分に
1935 美濃部達吉の憲法学説が国体に関する異説であると攻撃され貴族院を辞職、著書は発禁処分に(その後、矢内原事件、河合事件が続く)
1936 国体護持を目的とする日本諸学振興委員会設立
1949 日本学術会議が過去の反省と平和的復興への貢献の決意表明のもと発足(83年に学会推薦・首相任命制に変更)
2003 国立大学法人法で、学長任命権は文科大臣に
2014 学校教育法改正で、教授会は学長の諮問機関に

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