<わけあり記者がいく>度量の大きい首相を望む 異論ある者を遠ざけるな

2020年11月18日 07時29分

日本学術会議の会員任命拒否に関し、参院予算委で答弁する菅首相

 この人も、この程度の度量なのだろうか…。
 十一月の某日、午前四時前。間もなく来る一回目の起床時間を気にしながら、「わけあり記者」こと私・三浦耕喜は、考え事をしていた。日の出はまだ先だ。片耳イヤホンからは、音量を絞ったラジオの深夜放送が流れている。やっぱり、サブちゃんはいいな…。
 前夜にベッドの柵にセロハンテープで貼り付けておいた薬を口にねじ込む。オレンジ色の丸い錠剤を二つ。少しかみ砕いてのどに運ぶ。体が動かしにくくなるパーキンソン病の症状を、劇的に緩和してくれる。
 服用し始めた三年前は、飲んで数分で効き、思わず「魔法の薬ではあるまいか?」と思ったほどだった。だが、今は一時間半〜二時間かかる。まだ寝ぼけている腹筋では、ベッドサイドで座り続けるのも難しい。腰も痛くなってきた。
 なので、自力で車いすに移乗することにした。これもひと苦労だ。未明からくたびれてしまう。一昨年亡くした父が車いすから車の座席に移る時、「早く!」とせかした記憶がある。切ない思いをさせたかもしれない。わびを言うべき相手は、もうこの世にはいないが。
 なおも日の出まで時間がある。小一時間程度。闇の中で案じるのは、日本国の新宰相・菅義偉首相のことである。
 日本学術会議の会員候補として会議側が推挙した有識者のうち、六人の任命を拒否したという。新たな政権の立ち上げにあたって、政権に批判的な態度を取るかもしれない人物を、あらかじめ遠ざけておくのは、世界各国、さほど珍しいことではない。
 ただ、内閣総理大臣とは、この一億二千万人の国民がつつがなく暮らせるよう、取り計らうのが仕事のはずだ。一組織をいじめて、それで自分の威厳が誇示できると思っているとするなら、度量が小さい。あなたの一挙手一投足が、どこかの誰かの暮らしに大きく影を落とす。私のこの先の運命も首相、あなたの手の中にあるのだ。
 パーキンソン病は「指定難病」に認定されている。私も患者の一人として、国や自治体から手厚い医療費助成を受けている。
 ただ、パーキンソン病の患者数は高齢化とともに増加傾向にあり、今は十五万〜十六万人いるという。三百三十三疾病ある指定難病の中では比較的患者が多いとして、毎年のように国の予算編成の時期になると、「除外案」が出てくる。患者会の会長らが必死になって国会議員会館を回り、ようやく予算に計上されるということが繰り返される。
 政治家にとっては、難病患者は数が少なく、票にならない。多くの医師は外科など花形の分野に行きたがり、難病の専門医は少ない。製薬会社は、市場が小さい難病の治療薬の研究開発に及び腰だ。こういう自己の利益を重視した旧態依然の構造にメスを入れるのが、本当の「悪(あ)しき前例主義の打破」ではないか。
 そのためには衆知を集めることが必須だ。今のような「異論のある者は遠ざける」では、新たな知恵は生まれまい。仲間内にこもらないで、窓を開けよう。外の空気を吸おう。
 カーテンの隙間から、光が漏れてきた。新しい一日が始まった。
<パーキンソン病> 脳内の神経伝達物質ドーパミンを作る細胞が壊れ、手足の震えや体のこわばりが起きる。多くが50代以上で発症し、国内の患者数は約16万人。厚生労働省の指定難病で、根治療法はなく、ドーパミンを補う服薬が治療の中心。服薬は長期にわたり、経済的負担も大きい。
<みうら・こうき> 1970年、岐阜県生まれ。92年、中日新聞社入社。政治部、ベルリン特派員などを経て現在、編集委員。42歳のとき過労で休職し、その後、両親が要介護に。自らもパーキンソン病を発病した。事情を抱えながら働く「わけあり人材」を自称。

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