<寄席演芸の人びと 渡辺寧久>「おかみさん」無償の献身 鈴々舎馬風の妻・寺田高子さん

2020年11月20日 07時38分

「鈴々舎馬風」の表札の前で、多くの弟子を迎え見送ってきた寺田高子さん

 「何があってもかみさんだけはしくじるな」。入門時、師匠からそう告げられる東京の落語家は案外多い。
 落語家を支え、家を切り盛りするおかみさん。時として師弟の緩衝材になり、弟子に味方する。冒頭の「しくじるな」が意味を持つのは、そのためだ。
 「師匠が『クビだ!』って、いっぱいありました。その時は間に入ります」
 そう話す寺田高子さんは、落語界の重鎮・鈴々舎(れいれいしゃ)馬風師匠(80)と結婚以来半世紀にわたり、多くの弟子に接してきた。一門は落語家に加え、漫談家の綾小路きみまろ(69)ら色物芸人を含め三十人近くになる。心に決めたことは「一度預かった以上、むげにしちゃいけないと思うんですよ。真打ちになるまでは見てあげないと」という姿勢。自身も結婚前、浪曲師二葉百合子(89)の下で約三年、浪曲師として舞台に立っていた。
 見習いから前座修業が終わるまでの四、五年、弟子は毎朝師匠宅に通い、食卓を一緒に囲む。
 「食事は全部、私が作ります。多いときは弟子が五、六人。体が資本ですから、高いものじゃなくても栄養のあるものを出してね」という気遣い。「本当に貯金する暇がなかったですね」と笑顔で振り返る。
 師匠の体調や、スケジュールを管理し、ごひいき筋の冠婚葬祭にも足を運ぶ。弟子が二つ目や真打ち昇進時に襲名する場合は、以前芸名を名乗っていた関係者へごあいさつにうかがう。
 一切が無償の献身。だが「ちゃんと真打ちになって、高座に上がっているのを見ると、本当によかったなと思いますね」と喜びに浸るひとときを語る。一方で、時代の変化も肌身に感じる。「芸人の家の、古くていい習慣を残そうとやってきましたが、おかみさんとして生きるのは、私たちの代で終わりかなと思います。今はただ、コロナが終息して寄席や落語会ににぎわいが戻ることを祈るばかりです」 (演芸評論家)

人間国宝の故柳家小さんの手による木製工芸品が玄関を見守っている馬風宅


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