ヨーロッパ各地で大当たり 剣劇王 筒井徳二郎 田中徳一著

2020年11月22日 07時00分

◆リアリズム演劇に衝撃
[評]池田知隆(ジャーナリスト)

 「とつくに(外国)へ竹の刀で武者修業」。昭和五(一九三〇)年、芝居小屋が林立し、日本のブロードウェイともいわれた大阪・道頓堀で活躍していた新派・剣劇役者、筒井徳二郎が座員二十一人を率いて米国巡業に出た。四十八歳、筒井の旅立ちの句である。
 世界恐慌のさなかのニューヨーク公演。中国・京劇の名優、梅蘭芳(メイランファン)の公演とかち合い、観客を奪われる。だが、有名興行師の目に留まり、花のパリへ。渡米の船で親しくなったパリ画壇の寵児(ちょうじ)、藤田嗣治の協力を得て、「勧進帳」などを上演するや大成功。ロンドン、ベルリンへと未知の扉を次々と開いていく。
 公的支援はない。座員の死にも遭遇する。悪戦苦闘の巡業は一年三カ月続き、公演先は欧米二十二カ国七十余。一度にこれだけの規模で海外巡業した筒井の情熱には驚かされる。剣劇といえば、新国劇の澤田正二郎、女剣劇の大江美智子の名が浮かぶが、「世界の剣劇王」と称された筒井は忘れられている。その足跡を著者は当時の新聞を丹念にたどりながら追っている。
 それにしても、大衆向けのチャンバラ芝居がどうして欧州で大当たりしたのか。スピードのある迫真の立ち回りが観客の目を引いても、日本語は通じない。初めて剣劇・歌舞伎を見る欧米人に理解できるように、筒井は歌舞伎の演目を大胆に脚色、演出した。
 現地での評判に新劇の岩田豊雄(作家・獅子文六)が「あんなものは、カブキでもなんでもない」とこきおろすが、欧州の演劇人は意に介さない。版画のような舞台、熱気に満ちた動きと沈黙…。歌舞伎の「まがいもの」とはいえ、リアリズム(写実)演劇を模索していた彼らは、旅回り一座に息づく「演劇の生命」に衝撃を受けたのだ。演劇をめぐる日欧の交錯は面白い。
 帰国後、一座は帰朝記念公演(昭和六年七月)を宝塚中劇場で行う。旅立つ前の人気を再び得ることはなかったが、宝塚少女歌劇の国民劇構想や欧米公演に影響を与えていく。大衆演劇の魅力や異文化交流における演劇の力に気づかせてくれる本だ。
(勉誠出版・2200円)
1949年生まれ。専門は比較演劇史。『ドイツの歌舞伎とブレヒト劇』など。

◆もう1冊

『「芸能と差別」の深層 三國連太郎・沖浦和光対談』(ちくま文庫)。芸能と民衆文化について考えさせる。

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