可能なるアナキズム マルセル・モースと贈与のモラル 山田広昭著 

2020年11月22日 07時00分

◆「贈与経済」ヒントに未来探る
[評]平川克美(評論家)

 デヴィッド・グレーバーの大著『負債論』の中で印象的だったのは、ゴールドマンサックスのような会社においても、コミュニズムが行われているという指摘である。「ボールペン借りるよ」といった、ちょっとした道具の貸し借りに、同僚は対価も返礼も要求しない。等価交換(貨幣交換)が支配的な資本主義の先鋭的な舞台においても、贈与的な交換が内在している。どんな社会においても、いくつかの交換様式(互酬、再分配、等価交換)がいつも同時に存在しており、どれが優勢になるかはそれぞれの時代の権力構造によって決まるというわけだ。
 著者は、コミュニズムの可能性は、普通考えられるよりずっと基礎的な人間関係のうちに求められるべきであり、それこそが現代のアナキズムの課題であると言う。そして、モース、ポランニー、グレーバー、柄谷行人(こうじん)らの思考を辿(たど)りながら、贈与経済を基礎にした来るべき社会を模索する。
 何度か変奏されるのは、個人と共同体との関係の見直しである。今日流布されている、二人の交換主体の出会いから交換経済が始まるという物語には根拠がない。歴史は、交換は共同体と共同体とのあいだで始まったことを教えている。歴史的な共同体は、公正さのモラルによって運営されており、個人が飢えることを未然に防ぐ安全装置が機能していたのだ。とはいえ、どんな交換様式が採用されたとしても、そこには権力の問題が残り続けている。
 行き着くところは個人の自由とネーション(国民)の問題である。ネーション間に生まれる、戦争にまで至る軋轢(あつれき)をどのようにコントロールするか。そのヒントもまた、贈与経済の中にある。アナキズムとは一般に流布されるような無秩序や、「無−支配」を含意するものではなく、個人的自由の追求と連帯の追求という矛盾した思想を統合するきっかけとなりうるものだと著者は言う。アナキズムという誤解に塗(まみ)れた言葉が、来るべき社会を語りうる可能性の言葉に変わるまでの道筋を示す、目配りの効いた論考である。
(インスクリプト・3740円)
1956年生まれ。東京大大学院教授・言語情報科学。著書『三点確保』など。

◆もう1冊 

松村圭一郎著『うしろめたさの人類学』(ミシマ社)。市場、所有、社会、制度、国家について新たな視点を掘り起こしたエチオピア農村のフィールドワーク。

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