戦没一橋大生に思いはせ 入学直後召集の岩本さんら紹介 OBきょうから動画配信

2020年11月21日 07時55分

岩本繁男さんの足跡を紹介するスライドショーの一場面(一橋いしぶみの会提供)

 戦時中に中国大陸に出征し、戦没した一橋大(旧東京商科大)の学生と卒業生十二人の足跡を動画で紹介する「戦争と一橋生(いっきょうせい)」が二十一〜二十三日、大学祭の一橋祭に合わせ、オンラインで無料配信される。企画した「一橋いしぶみの会」世話人代表の竹内雄介さん(70)は「新型コロナの影響でオンライン配信となったが、その分、多くの人に見てもらえる」と期待する。 (服部展和)

竹内雄介さん

 一橋いしぶみの会は、一橋大の卒業生有志が二〇〇〇年に結成し、戦没学友の追悼や調査に取り組んでいる。会によると、日中戦争や太平洋戦争で軍人、軍属として亡くなった学生と卒業生は判明分だけで計八百三十六人。毎年、十一月と六月の大学祭で、沖縄戦やシベリア抑留などのテーマごとに、戦没学友の足跡をパネル展示で紹介している。今回は、同大の学生で初めて戦争の犠牲となった岩本繁男さんら中国大陸に出征した人に焦点を当てた。
 岩本さんは一九一四年四月、神奈川県湯河原町に生まれた。家庭の事情で同県師範学校を中退し、大船駅の駅員として働きながら苦労の末に東京商科大に合格。入学直後に召集された。鉄道第五連隊に入隊し、中国で鉄道建設の任務に当たった後に転戦。四〇年九月、北部仏印(フランス領インドシナ)への進駐で戦死した。二十六歳だった。
 一橋新聞部が発行する一橋新聞が四〇年十月、岩本さんの戦死を報じていた。それを見つけた竹内さんは遺族から遺品を借り、新聞部の学生の協力を得て、足跡をまとめた。岩本さんは俳句を愛し、戦地でも「戦塵餘録(せんじんよろく)」と題したノートに句を残していた。竹内さんは「念願かなって入学した大学の講義を一度も受けられず、戦死した岩本さんの気持ちを考えると胸が痛む。平和の大切さを考えてもらうため、戦争の悲劇を伝えるのが私たちの役目だ」と語った。
 十二人の足跡をまとめたスライドショーのほか、大学構内に残る戦跡を巡るツアー、卒業生で今年四月に亡くなった俳優久米明さんの講演の動画を配信する。「一橋祭」のホームページから「戦争と一橋生」で検索する。

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