誰でも野球を楽しんで 障害者スポーツに懸ける元高校球児が作る「野球盤」

2019年2月15日 10時00分
 埼玉県の西武鉄道航空公園駅から車で数分。所沢市役所や国立障害者リハビリテーションセンターに近い住宅街の一角に、堀江車輌電装(本社・東京都千代田区)の所沢営業所がある。築50年の木造平屋建てで、玄関には数十センチの段差も。「車いす利用者も普通に入ってきますよ。すべてバリアフリーでなくても大丈夫なんです」と、ここに1人で住み込み駐在する中村哲郎さん(50)は話す。

子ども用の競技用車いすや昔の野球盤ゲームに囲まれた中村哲郎さん=埼玉県所沢市の堀江車輌電装所沢営業所で

 外観も室内も普通の住宅で、会社には見えない。部屋の一角には、特別支援学校にも貸し出している子ども用競技用車いすが5台。さらに目を引くのが、野球選手のフィギュアと野球盤ゲームだ。中村さんは、ボードゲームで人気の野球盤を10倍の大きさで製作し、重度の障害で体がほとんど動かない子どもも楽しめる試合を企画している。

◆鉄道車両の整備会社が新たな事業

 同社は1968年創業の鉄道車両の整備会社。障害者スポーツと縁はなかったが、4代目の堀江泰社長(39)が2014年に障がい者支援事業部を立ち上げた。きっかけはサッカー好きの社長が、知的障害者のサッカーがあると聞き、映像を見たこと。健常者のサッカーとルールも見た目も変わらないのに、ウェブサイトづくりの資金や応援団の人手も不足していた。

堀江泰社長

 初めは個人的なボランティアだったが、継続するには組織で関わろうと部を発足。それをインターネットで見つけ、北海道からメールを送り16年に入社したのが中村さんだ。
 建築関係の会社に勤めていた中村さんは11年から、シートに座って1本の板で滑るシッティングスキーの選手たちをスキー場でサポートするボランティアなどをしてきた。かつて強豪の北海高校で野球に打ち込み、3年生の夏は甲子園まであと1勝に迫った予選決勝で惜敗。応援団の声援を受けて打席に立ち、興奮した体験は宝物だ。「体があまり動かなくても、あの体験をさせたい」。障害者スポーツに携わる中でその思いを強くし、残りの人生を懸けようと決意した。

◆単身赴任し休日も勉強

 札幌市に家族を残し、上京。初めは本社の障がい者支援事業部に勤め、子ども向けの車いすテニス体験教室などを担当した。だが、障害の重い子はラケットを振るだけで骨折の恐れもあった。力がなくてもできる仕掛けはないか。市民団体が行う重度障害の子どもへのスポーツ教室などに休日も顔を出して勉強した。
 ある教室では、柔らかいスポンジボールを子どもの顔や体に当て、スポーツの感覚を体験させていた。「体で感じるのがスポーツの原点だ」。野球観戦が好きな小学生の男児が「自分も野球がやりたい」と言うのを聞き、少しの力でバットで打てる装置の開発に乗り出した。

重度障害児らが野球を楽しめるよう、中村さんが手作りした装置。縄跳びの持ち手を引くと、置いたボールをバットで打てる=埼玉県所沢市の堀江車輌電装所沢営業所で

 100円ショップやホームセンターで買える物で試行錯誤し、短くしたおもちゃのバットを固定し、つないだ縄跳びの持ち手を軽く引くと打てる装置を作った。その中で「打ったボールを外野や内野の穴に入れれば野球盤ゲームになる」と思いついた。

◆「スポーツを一緒に楽しむ風景を」

 所沢営業所は、こうした製作ができて誰でも訪れてアイデアを持ち寄れる拠点にしたいと、中村さんが自分で物件を見つけ、会社に開設を申し出た。障がい者支援事業部の雇用支援事業で埼玉県の企業への営業もしながら、野球盤の製作を進める。
 1人でワゴン車に入れて持ち運べ、全国で試合ができるのが理想だ。盤の素材やボールの材質など細かな設計を詰めており、3月下旬に試作品での試合を予定する。「障害者のためとは思っていない。自然にスポーツを一緒に楽しむ風景ができれば」。障害者スポーツに注目が集まっている2020年東京パラリンピックまでに、できるだけ活動を広げたいと思っている。(神谷円香)

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