取手二や常総学院で全国制覇、高校野球界の名将・木内幸男さん死去

2020年11月24日 20時14分

2003年の夏の甲子園大会で、常総学院高を初優勝に導き、選手から胴上げされる木内幸男監督

 高校野球で茨城の取手二高、常総学院高の監督として春1度、夏2度の甲子園大会優勝を成し遂げた木内幸男(きうち・ゆきお)さんが24日午後7時5分、肺がんのため茨城県取手市の病院で死去した。89歳。茨城県出身。
 母校の茨城・土浦一高監督を1953年から56年まで務めて取手二高へ。53歳だった84年夏の決勝で桑田真澄、清原和博を擁した大阪・PL学園高に打ち勝ち、茨城県勢初の甲子園大会優勝に導いた。同年秋に常総学院高に移り、甲子園では87年夏と94年春に準優勝。2001年に茨城県勢初の春の優勝。72歳の03年夏は決勝でダルビッシュ有の宮城・東北高を破り、同年勇退。07年に監督に復帰し、80歳の11年まで務めた。甲子園に春7度、夏15度出場し、歴代7位の通算40勝。
 練習から選手一人一人を観察して能力を引き出し、大胆な選手起用や戦法で「木内マジック」と呼ばれた。教え子でプロ野球選手は元阪神監督の安藤統男のほか松沼博久、雅之兄弟、現常総学院監督の島田直也、仁志敏久、金子誠らがいる。(共同)

◆「昭和を代表する大監督」惜しむ声続々

 監督として春夏計3度の甲子園大会優勝を成し遂げた木内幸男さんの死去を受け、茨城・常総学院高時代の教え子で、DeNAの2軍監督就任が決まっている仁志敏久氏(49)は24日、球団を通じ「思い出は話せば尽きません。悲しさと寂しさでいっぱいです」とコメントした。入院前日に会った際に「うっすらと声を出して『頑張れ』と。喜んでいた」と振り返った。
 高校球界にも悲しみが広がった。高知・明徳義塾の馬淵史郎監督(64)は「昭和を代表する大監督でした。残念です」と惜しみ、東京・帝京高の前田三夫監督(71)は「勝負師だが人情味のある優しさもあった。残念。私の心の支えだった」と話した。
 島田直也監督(常総学院高)「高校3年間、木内監督の下で野球ができたことが本当に思い出。秋季関東大会(準優勝で来春の選抜出場が有力)後に報告に行った時には「よくやった。偉い」と言われたことが本当にうれしくて…。面と向かって褒めるような方じゃなく厳しい方だったので30年かかってやっと褒めてもらえた」
 金子誠・日本ハム野手総合コーチ「お目にかかるたびにいつも変わらぬ豪快な「木内節」を頂いていました。残念で言葉もありません。木内監督から頂いた、たくさんのぼやきや教えは私の野球観の原点です」

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