古代の「正倉院」に思いはせて 市内初の国史跡・橘樹官衙遺跡群 来月5日に市民向け現地見学会

2020年11月25日 06時41分

昨年行われた橘樹郡家跡の調査の様子、1〜1・5メートル四方の正倉の柱穴が見て取れる=高津区で(市教育委員会提供)

 川崎市高津区と宮前区にまたがる国史跡「橘樹官衙(たちばなかんが)遺跡群」のうち、今月から発掘が始まった武蔵国橘樹郡の郡家(ぐうけ)(古代の役所)跡の調査状況を知ってもらおうと、市教育委員会が十二月五日に市民向けの現地見学会を開く。担当者は「飛鳥時代の建物跡を生で見られる貴重な機会。古代の土地の歴史に思いをはせてほしい」と話している。 (安藤恭子)
 同遺跡群は、武蔵国の橘樹郡家跡とその西側にある寺院跡「影向寺(ようごうじ)遺跡」から構成され、国の文化審議会が今月答申した追加指定分も含めると、総面積は二万一千平方メートルを超える。橘樹郡は武蔵国の二十一郡の一つで、現在の川崎市の範囲とほぼ重なる。七世紀後半から十世紀の郡家の成り立ちから衰退の推移を知る上で重要な遺跡群と認められ、二〇一五年に川崎初の国史跡に指定された。
 同遺跡群には東西約二百十メートル、南北約百六十メートルにわたる倉庫群「正倉院」エリアがあったとみられ、この区画を形づくる最大幅五メートルほどの溝の一部が確認されている。正倉とは、税として納められた稲を保管した掘立柱による倉庫を指す。
 郡家には他に、政務を行う郡庁や、国や他郡の役人を泊めた館(たち)、調理場である厨家(くりや)の機能も備わっているとみられるが、同遺跡群では現状、正倉院と館とみられる一部の跡しか見つかっていない。郡家跡がある「たちばな古代の丘緑地」一帯は、二三年度に史跡公園が完成予定で、整備を前に市教委は今月十六日から三十二次調査を開始。今回は約百五十平方メートルの範囲で、正倉の一棟の柱穴の発掘を行っている。
 「郡庁は正倉院の近くに置かれることが多い。目指すのは遺跡群の全容解明。水運の要だった多摩川に沿って発展した土地の歴史を知ることができる」と市文化財課の服部隆博課長は話している。現地見学会は参加無料で、集合場所は同緑地西隣。五日午後一時から四時まで(受け付け終了は三時半)。荒天中止。問い合わせは同課=電044(200)3306=へ。

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