<スポーツ探偵>ボクシング 黒船と一緒にやって来た? 

2020年11月25日 07時02分
 日本のボクシングはペリー提督とともに伝来した−。そんな驚きとロマンあふれる情報を耳にした。1853年と54年、ペリーが黒船で来航した際、連れてきた水兵の中にボクサーがいたのだという。今回は幕末とスポーツ編。関係者に伝わる日本ボクシング・ペリー伝来説を検証した。

◆水兵にボクサー 力士と対戦か

「ペリー提督日本遠征記」に掲載されている相撲観賞の挿絵。奥にペリーらしき人物が見える。残念ながら、ボクシング対決の挿絵は見つからなかった

 日本プロボクシング協会の公式サイトに興味深い記述がある。ペリーが来航の際、黒船の上で水兵たちが殴り合う様子が目撃され、これが日本に伝えられた最初のボクシングだと記されている。また、ペリーの前で力士がボクサーを倒したとも書かれている。協会によると、これらはこれまで伝え聞いた話をまとめたものだという。
 そこで三十年以上にわたり、日本開国史研究を続けている神奈川県立歴史博物館の嶋村元宏主任学芸員(55)に話を聞いた。嶋村氏は「ペリーと相撲の話なら知っているが、ボクシングの話は聞いたことがない」と話す。
 相撲については、ペリーの帰国後に米国で編さんされた「日本遠征記」に記述があった。一八五四(安政元)年三月二十四日。横浜に上陸したペリー一行が日米和親条約を締結する一週間前、幕府が浜辺で催した「稽古相撲」を観賞したことが挿絵付きで記されていた。
 日本側にはもう少し詳しい資料が残っている。徳川家の正史「続・徳川実紀(じっき)」。その「温恭院殿御実紀(おんきょういんでんごじっき)」には稽古相撲の他に、幕府が贈った米俵を力士がアメリカの船まで運んだ際、小柳という力士が米水兵三人に勝負を挑まれ、一人を持ち上げ、一人を脇に抱え、もう一人を踏み付けて勝ったことが記述されている。ひょっとして、この水兵がボクサーだったのか?

米国の船に米俵を運ぶ力士を描いた当時の瓦版と思われる絵 =横濱史料 開港70年記念より (いずれも日比谷図書文化館所蔵)

 一つの書物を見つけた。静岡県下田市を中心にペリー来訪時の伝承をまとめた「黒船談叢(だんそう)」にこんな出来事が書かれている。力士の怪力に驚いた米側が、自分たちの方が強いことを証明するためにレスリング経験者二人、ボクサー一人の三人を同時に対戦させ、小柳に完敗したとある。ここにはキヤノンというボクサーの名が記されていた。
 現在のボクシングにつながる拳を使ったスポーツは紀元前から世界中で行われていた。ペリーの時代も盛んで、水兵にボクサーがいても不思議ではない。しかし、嶋村氏は慎重な姿勢を崩さない。
 「事実は複数の資料で裏付けられるものですが、今回は他に同様の資料が見つからない。事実だと確定するには、もう少し検証する必要があるのではないでしょうか」
 確かに「日本遠征記」にはキヤノンという名は出てこない。調べた限りでは他の書物にも見つけられなかった。力士に負けた屈辱から記さなかったのか、それとも日本側が話を膨らませたのか。残念ながら、これ以上は推測の域を出ない話となった。
 最後に「日本遠征記」をじっくりと読み返してみた。するとペリーは、初めて見た力士の印象を「トム・クリブやトム・ハイヤーのようだ」と書き留めているのに気付いた。彼らはボクシングの原型である「ベアナックル・ファイト」の王者である。約百七十年前、ペリーが横浜の地でボクシングを思い浮かべたことだけは確かなようだ。

◆VS相撲 明治の異種格闘技

「西洋スパラ術 外国ヨリ来ルスパラ」=1887(明治20)年、国立歴史民俗博物館提供

 ペリーとボクシングを結び付ける文献はもう一つある。画家の田崎草雲(そううん)の生涯を書いた「喧嘩(けんか)草雲」(真田雅康著)には1854年に草雲が横浜に赴き、ペリーの水兵(ボクサー)に喧嘩をふっかけ、背負い投げで気絶させた逸話がある。だが、これも嶋村氏は「もし、本当にそんなことがあったとしたら、歴史的な大事件として当時の記録に残るはず」と疑問視する。
 明治に入ると、日本にボクシングが伝来した証拠が出てくる。国立歴史民俗博物館所蔵の「西洋スパラ術 外国ヨリ来(きた)ルスパラ」は、元力士の浜田庄吉が渡米後、レスラーやボクサーを連れて帰国し、1887(明治20)年に興行を行った際のポスター。スパラとは当時の呼び名だが、今でもボクシングで実戦形式の練習をスパーリングというのが面白い。相手に力士が描かれており、異種格闘技の興行だったようだ。
 日本に初めて本格的なボクシングジムを作ったのは渡辺勇次郎である。米国でボクシングを学んだ後、1921(大正10)年に目黒区に「日本拳闘倶楽部」を設立、ピストン堀口らを育てた。その功績から渡辺は「日本ボクシングの父」と呼ばれている。
 文・谷野哲郎
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