<わたしの転機>移動販売の知恵 若手に 脱サラして11年 車に窯積みピザ焼き

2020年11月25日 07時17分

知人が営む養鶏場の駐車場に移動販売車を止め、注文に応じて次々とピザを作る若尾直哉さん=愛知県稲沢市で

 石窯を積んだワゴン車で東へ西へ。愛知県一宮市の若尾直哉さん(57)は11年前にアパレル会社を辞め、ピザの移動販売を始めた。かむほどに味が出るもっちりとした生地に、カキやリンゴなど季節の食材をちりばめて、客の目の前で焼き上げる。多くの出会いも楽しめる移動販売が根付くよう、若手の体験指導にも力を入れている。 (小中寿美)
 移動販売はエンターテインメント業。おいしさだけでなく、作っている間も楽しませたい。車内で生地を延ばすところから石窯で焼くまでの様子を背の低い人や子どもも見られるよう、カウンター前に踏み台を置いています。
 名古屋のアパレル会社で販売などをしていましたが二〇〇九年初めに四十五歳で脱サラしました。不況の中、人事に配属されてリストラする側になり、会社や自分の将来に希望を見いだせなくなったからです。
 でも、妻と当時小学生の娘を養わなければいけません。退職後、「まだ先は長い。やりたいことをやろう」と考えつつ「まきのある暮らし、屋外、サービス業」を念頭に置いて次の仕事を探しました。インターネットで見つけたのが千葉県にある窯の製造所。その年の春に訪ね、小さな石窯を積んだ車を見て一目ぼれしました。これだと。その後三日間は血が騒いで眠れないほどでした。
 自分の販売車のイメージが湧き、絵に描いて説明すると妻と娘からゴーサインが出ました。僕がうれしそうだったから安心したのかな。店名の「boccheno(ぼっけーの)」は妻の地元の岡山弁「ぼっけーええのう(すごくいいね)」が由来。それから車が完成するまでの三カ月間は近所のバーベキュー場の炉を借り、図書館で借りた専門書やピザ職人の動画を見ながら、ひたすらピザを作り続けました。
 〇九年秋から地元のスーパーなどの駐車場で販売を始めましたが、当初は一日十枚売るのがやっと。月二十日の出店を目指して公共施設などにも営業に回り、少しずつ販売場所を増やしました。生産者が集まるマルシェや食のイベントのブームにも乗って売り上げが伸び、四年前に娘を大学に進学させることもできました。
 さまざまな料理の移動販売車が増えましたが、商品や接客の質が保たれているかは疑問です。三年ももたずに諦める経営者は少なくありません。この業界で僕の人生は開花した。恩返しにと五年前から「体験塾」も始め、これまでに約三十人を受け入れました。そのうちの六人が実際に開業しています。業界の質が上がるよう、これからも移動販売の楽しさと難しさの両方を伝えていきたいです。

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