末尾の[ハ]の意味は…「てにをは俳句・短歌辞典」収録の6000点 ハンセン病患者の埋もれた名作を発掘

2020年11月25日 18時00分

「ハンセン病の歌には昭和の心、抒情があり、ほれこんだ」と話す阿部正子さん

 江戸から昭和まで詠まれた6万の俳句と短歌を、季語や歌語でなく、テーマや場面で分類した「てにをは俳句・短歌辞典」(三省堂)が、読者の熱い支持を集めている。辞典には「ハンセン病文学全集」から選んだ6000の句と歌を盛り込んだ。編者の阿部正子さん(69)は「命をかけて詠んでいて、言葉の力が強い。もっと発掘され鑑賞されていくべき作品」と語る。(石原真樹)

 ハンセン病 ノルウェーの医師ハンセンが発見した「らい菌」による感染症。末梢(まっしょう)神経がまひし、皮膚のただれなどで障害が残る恐れがあるが、感染力は弱い。1931年の旧らい予防法で強制隔離が法制化、患者を見つけ出して療養所に隔離する「無らい県運動」が各地で行われ、患者は療養所での生活を強いられ、偽名を使う人も多かった。薬の開発で治療法が確立、53年に改正されたらい予防法は96年に廃止されたが、差別や人権侵害が続いている。

 除籍すれどなれは吾が子ぞこのわれを忘るなゆめと母のふみ来ぬ 北千鶴雄[ハ]

辞典の五十音順索引にあるハンセン病関連の見出し

 辞典はすべての句と歌を「う」「遊び」「世」など約700の大見出しで分類し、さらに1万2000の小見出しを付けて分類する。「逢う」なら「逢いたい」「逢引あいびき」「逢瀬おうせ」などの小見出しごとに、句や歌と作者名を記している。末尾の[ハ]という印は、ハンセン病文学全集から選ばれた、ハンセン病療養所で暮らしていた人たちの作品だ。
 三省堂の編集者だった阿部さんが辞典の編さんを本格的に始めたのは、定年退職した2016年。有名無名問わず図書館に眠っている俳句や歌を並べたいと考え、手にしたのがハンセン病文学全集だった。ハンセン病について詳しい知識があったわけではない。別の辞典の資料探しで訪れた図書館で、全集の存在を知ったという。
 人の世の端に居座るひきがえる 化石[ハ]

「てにをは俳句・短歌辞典」

 全集のページをめくり、阿部さんはレベルの高さに驚いた。カエルに親近感を覚えるなど、小さなものに向けるまなざしが新鮮で、表現が凝縮されていると感じた。「隔離され、深く考え、失われていく『当たり前にあったもの』へのいとおしさに目覚める。療養所は、尋常でない体験から思索をつきつめた人たちが切磋琢磨せっさたくまする『歌道場』だったのでは」。著名人の作品に引けを取らないと次々と選び、6000になった。
 仮の名で通す一生石蕗つわの花 花芙蓉[ハ]
 全集から選んだ作品に[ハ]の印を付けるべきかは悩んだ。「レッテルを貼ることにならないか」。しかし、作者が置かれた状況を知ることでより深く作品を味わえると判断した。「奪われる」「補う」などハンセン病の歌だけ集めたページを作り、辞典のあちこちにもちりばめた。
 阿部さんは編集者として、先天性四肢障害児の声を集めた「ぼくの手、おちゃわんタイプや」(1984年)や「薬害エイズ原告からの手紙」(95年)など、当事者の言葉を大事にした書籍を企画・編集してきた。今回の辞典は、編集者としてこだわってきたことの集大成という。
 あなたはきっと橋を渡って来てくれる みつ子[ハ]
 ハンセン病のことを知らない人は、ぱらぱらめくる中でほかの句や歌と一緒に味わい、ハンセン病を知る人はより深く理解する一助になればと願う。「病気や差別問題、と頭で考えず、心で読んでみてほしい」
 「てにをは俳句・短歌辞典」は8月に出版した。税別3200円。

 「ハンセン病文学全集」 ハンセン病患者たちが全国の療養所で発表した小説や短歌、日記などを集め、東京都千代田区の出版社「皓星社」が刊行。哲学者の鶴見俊輔氏や歌人の大岡信氏らが編集委員を務めた。全10冊。

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