バイデン氏が中国の村人に贈った200元 19年前に突然訪問、村人「お礼したい」

2020年11月27日 11時10分
 米大統領選で勝利したジョー・バイデン氏(78)はこれまでに4回、中国を訪れている。選挙中は対中強硬姿勢を強調したが、中国の庶民とも交流を重ねてきた経歴はトランプ大統領(74)とは一線を画し、バイデン氏に親しみを感じる人は少なくない。米次期政権への期待と不安が交じる庶民の声を聞いた。(北京市燕子口村で、中沢穣)

◆突然の訪問に村が騒然

 北京中心部から北西へ約50キロ、観光名所である明代皇帝の陵墓「明十三陵」の近くに人口200人ほどの燕子口村がある。2001年8月、米上院外交委員会委員長だったバイデン氏の訪問に村は騒然となった。

13日、2001年にバイデン氏が訪れた北京市昌平区燕子口村の役所=中沢穣撮影

 「外国人の一行がうちに約30分いた。生後2カ月ほどの息子を抱っこして、同じくらいの孫娘がいると話していたよ」。同村の劉長凱さん(40)が振り返る。当時は外国人が珍しく、事前連絡もない突然の訪問に驚いたという。劉さんの妻、唐召軍さん(39)は「穏やかな印象で、親しみやすさを感じた」と話す。
 この村には数百年にわたるキリスト教カトリック信仰の歴史があり、劉さん一家も含め村民の大半は信徒だ。バイデン氏はケネディ氏(1917~63年)以来のカトリック教徒の大統領になる。劉さんは「おそらくカトリックのつながりで村に来たのだろう」と推測する。当時は平屋だった村の教会も訪れたという。

◆こっそり置かれた200元

 なぜバイデン氏一行は劉さん宅を訪問先に選んだのか。唐さんは「村でも特に貧しかったからではないか」と考えている。炊事は薪を使い、家電製品はテレビのみ。固定電話もなかった。写真も撮っておらず、唐さんは「今みたいに携帯電話があれば」と残念がる。

北京市・燕子口村で13日、バイデン氏が自宅に突然来た当時を振り返る劉さん(右)と唐さんの夫妻=中沢穣撮影

 夫妻に強い印象を与えたのはバイデン氏一行が帰り際、200元を台所にこっそりと置いていったことだ。唐さんはその日、食事の支度をする時に初めて気づいた。「直接手渡したら、受け取らないと考えたのでは」と唐さん。当時は500~600元の月収があれば十分に暮らせた。200元は食費や日用品に使い、唐さんは「本当にありがたかった」と今も感謝している。
 村が急速に発展したのは2010年ごろから。道が舗装され、村の主要産業は農業から観光に変わった。土壁の平屋ばかりだった民家は、ほとんどが市政府の補助で立派な2階建てになった。バイデン氏が訪れた劉さん宅の平屋も、かつての貧村の面影もない。

◆米中関係「平和が一番。関係安定を」

 著しい経済発展を遂げた中国に対し、米政権は警戒感を強める。選挙戦ではバイデン氏も対中強硬論を主張したが、劉さんは「トランプさんは特殊すぎる。バイデンさんに当選してほしかった」という。
 実は、劉さんは19年前に会った「外国人の高官」がバイデン氏とは認識していなかった。大統領選後にAFP通信の記者が取材に訪れ、バイデン氏だったと初めて知った。
 劉さんは米次期政権に「庶民にとっては平和に暮らせるのがいちばん。対立は避け、両国関係を安定させてほしい」と望む。再びバイデン氏に会うことがあれば、「あの時の200元のお礼をしたい。またうちに来てくれたら食事をごちそうしないとね」と笑った。

バイデン氏訪中 1979年に米議員団の一員として初めて訪中し、2001年は2回目。副大統領だった11年の訪問では、国家副主席の習近平氏と会談した。米紙ニューヨーク・タイムズによると、習氏の12年訪米などと合わせ、この2年で両氏の会談・会食は計25時間に及ぶ。バイデン氏が13年に訪中した際、国家主席となっていた習氏は「老朋友(古い友人)」と呼んで歓待したという。

13日、北京市昌平区燕子口村で、2001年にバイデン氏が訪れた劉さん宅。建て替えられて2階建てになった=中沢穣撮影

関連キーワード

PR情報

主要ニュースの新着

記事一覧