<再発見!伊豆学講座>疫病対策 悪霊払いや井戸替えで

2020年11月29日 07時17分

八坂神社の「降臨の地」跡=伊豆の国市で

 新型コロナウイルス禍が収まらない。流行当初の二月、インフルエンザのようなものだから暖かくなれば終わるという楽観的な考えもあった。しかし、現実には収束せず、拡大する一方である。
 コロナが広まった時、妖怪「アマビエ」が登場した。伝説では疫病退散をしたとして話題になったが、近代医療がない時代はどうだろうか。
 前近代ではまず祈祷(きとう)を行った。古い時代では薬師寺の建立がそうで、室町時代になると神仏習合の考え方が広まった。主に薬師如来が熊野神の化身とされ、祭神が薬師如来の場合も多々ある。江戸時代に流行した疱瘡(ほうそう)(天然痘)の例をみてみよう。

棟札にも書かれている「急急如律令」

 伊豆市湯ケ島の天城神社に残る寛政四年の疱瘡神の棟札は、隣接する弘道寺住持が勧請、薬師如来を示す梵字(ぼんじ)が書かれている。同八年になっても治まらず、隣村である市山の市山神社には真言宗修験が疱瘡神を勧請した棟札が残る。こちらも梵字が記されている。
 さかのぼって、伊豆市雲金にある雲金神社では、神社の近くにある妙本寺住持がお経の読誦(どくしょう)を行った。コレラでも行ったと思われるが、今のところそれを示す棟札の発見はない。
 記号のようなものが書かれた棟札もある。これは陰陽道(おんみょうどう)で、「急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)」といい、悪霊払いのまじないである。
 もうひとつ信仰をあげると、ヤマタノオロチを退治した素戔嗚尊(すさのおのみこと)が疫病や悪霊を退けるというもので、祇園神社、津島神社で祭るものである。平安初期に京の都では怨霊のたたりを和らげる呪術が盛んに行われ、祇園社はその中心となった。やがて牛頭天王(ごずてんのう)・素戔嗚尊の信仰と結びつき、その信仰は全国に流布した。
 伊豆では祇園信仰が多く、「山王さん」として祭りが七月十五日前後に行われる。牛頭天王・素戔嗚尊を祭る神社として八雲神社が一社、八坂神社、祇園神社、白山神社などがある。祭神を合祀(ごうし)している社が多く、神社名だけではわかりにくい。
 伊豆の国市四日町に八坂神社がある。この北西部に「降臨の地」とされる場所があり、中伊豆の梅木から祭神が洪水で流され到着した場所とされる。八坂神社はこの祭神を祭る神社で、祭神のあった場所は伊豆市梅木の八雲神社だ。両社とも牛頭天王を祭り、悪霊払いを行っていた。
 信仰ではなく、古くから行われてきたのが井戸替えである。七月七日の七夕の行事で、夏越しの行事の一環である。コレラは新しい流行病であったが、天然痘やチフスなど夏に発生、流行する病気が多く、衛生的にすることの大切さを当時の人たちも心得ていた。
 現代も新型コロナ対策として手洗い、消毒の必要性を説いている。やはりこれが何よりだ。早く収束することを願っている。 (橋本敬之・伊豆学研究会理事長)

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