少年法の岐路

2020年11月30日 07時26分
 一九四八年公布の少年法は時代の変化に応じて改正を繰り返してきた。今回は民法上の成人年齢の引き下げに伴い改正論議があり、法制審議会が先月、改正要綱を答申した。今の時代にふさわしい少年法とは?

<少年法改正> これまでの改正では、凶悪事件が相次いだのを受けて2000年に刑罰適用年齢を14歳以上に引き下げたほか、08年に少年審判における被害者遺族傍聴制度を新設した。先月法制審議会が答申した改正要綱では、懸案だった少年法適用年齢の引き下げは見送り。全事件を家庭裁判所に送致する仕組みは維持する一方、家裁から検察官に逆送して成人と同じ刑事手続きを取る対象犯罪を拡大、18、19歳は強盗や強制性交などが追加された。起訴された18、19歳の実名報道の解禁も盛り込まれた。

◆少年の教育の場失う 再非行防止サポートセンター愛知理事長・高坂朝人さん

 法制審議会が答申した要綱に基づいて、十八、十九歳の逆送事件の対象が拡大されると、さらに再犯リスクが高まるのではないかと心配しています。
 法務省がまとめた犯罪白書によると、強盗事件で、二〇一八年に少年院に入ったのは九十三人。そのうち十八、十九歳が五十九人ですから、逆送の対象が広がった場合、半数以上が少年院で教育を受ける機会を失うことになります。刑務所では、刑務官と受刑者との身の上話などは禁じられていると聞きます。一方で、少年院と異なり受刑者同士の会話は比較的自由なので、年長の人たちから、新たな犯罪の情報を得たりするのではと心配です。
 私自身、強盗などで二度目に少年院に入ったのが十八歳でした。自分のことを大切に思えず、他人のことなど考えられない。そんな私に教官の方々は一年半、一生懸命向き合ってくださいました。特に私の担任だった先生は、目標を持つ大切さを私たちに一方的に説く人が多い中で、ゴルフに関する自分の夢を楽しそうに語ってくださいました。それで、私も当時抱いていた自分の夢を語り、初めて大人とキャッチボールができたと感じることができました。残念ながら院を出てすぐには立ち直ることができませんでしたが、あの時の人間信頼の貯金がその後の更生のバネになりました。
 先の白書によると、全国の少年院にいる約二千人のうち八割は親元に戻るけれど二割は戻れない。そして、全体の男子の三割以上、女子の五割が家庭などで身体的虐待などを受けています。自助だけで立ち直って、新しい道に進むのはなかなか難しい。児童養護施設や自立援助ホームなど児童福祉の分野では、むしろ年齢を引き上げる方向になっていることにも目を向けてもらいたいです。
 もちろん、少年犯罪の被害に遭われた方やその家族のことを思うと心が痛みます。もし、自分の二人の子どもが被害にあったら、これまでのように少年たちのサポートを続けていけるだろうかと自問自答することもあります。でも、向き合ってくれる大人がいれば罪を犯さずにすんだだろうと思われる少年たちと接していると、個人情報をしっかり守りながら、彼らのありのままの姿を地域や社会に伝えていくことが私の仕事なのだと、実感します。(聞き手・中山敬三)

<たかさか・あさと> 1983年、広島県生まれ。2014年、NPO法人を立ち上げ、保護観察中の未成年者に対する住居支援などに携わる。「全国再非行防止ネットワーク協議会」代表。

◆改正要綱 時代に逆行 弁護士・多田元さん

 少年事件は、二〇〇〇年の改正で少年法が厳罰化される以前の一九八八年ごろから、顕著な減少傾向にあります。厳罰化で非行が減ったのではありません。重大な事件が起こると、情報に不安をあおられ、厳しい処罰を求める声が上がります。しかし、厳罰化には少年非行を防止する効果はありません。
 法制審議会が答申した少年法改正要綱は、実質的に少年法の適用年齢引き下げと変わらない内容です。十八歳、十九歳の少年について「十分に成熟しておらず、成長途上にある」として少年法の適用対象とするにもかかわらず、刑事処分を適用する原則逆送(検察官送致)の範囲を拡大する。逆送しない非行少年に対しても刑事裁判と同じような発想で処分する。まさに、少年法の空洞化です。
 また、十八歳、十九歳で逆送されて起訴された少年については、実名報道が解禁されます。実名報道は、少年が社会復帰して良い人間関係に支えられ、自分らしく生きる道を閉ざし、少年を社会から分断します。再犯の危険性が高まり、社会に不安が広がるのは明らかです。
 少年法の目的は「健全育成」です。未成熟で成長過程にある少年を保護し、教育する「保護主義」の立場です。重大な非行をした少年は、ほぼ例外なく家庭での虐待や学校でのいじめなどを経験しています。つまり、その非行においては加害者ですが、その前には「被害者」だったということです。
 家庭裁判所で行われる少年審判では、非行事実という結果だけをみるのではなく、少年の成育歴や環境を重視します。「なぜ非行に至ったのか」という原因や背景を人間科学的な知見も使って解明し、その少年と非行を理解する。その上で、科学的・合理的な根拠のある個別的処分を決めています。
 その過程で、少年が自分の問題と向き合って非行による被害を理解するよう促し、償いの実践を援助する。これが少年司法です。刑事裁判もそうあるべきだと私は考えています。
 十八歳未満を少年とする国が多い中で、二十歳未満を少年法の対象とする日本は国連子どもの権利委員会から称賛されています。ドイツでは少年法適用年齢の引き上げが議論されています。日本の少年法をめぐる動きは、時代の要請に逆行していると言わざるを得ません。(聞き手・越智俊至)

<ただ・はじめ> 1944年、兵庫県生まれ。家庭裁判所などで裁判官を務めた後、89年から弁護士。少年事件を多く扱う。子どものシェルターを運営するNPO法人子どもセンターパオ理事長。

◆更生の仕組み 足りぬ 少年犯罪被害当事者の会代表・武るり子さん

 少年法について「素晴らしい法律だ」「十分機能している」という声がありますが、本当にそうなのでしょうか。少年法には、少年が犯した罪に向き合って更生する仕組みが足りていないと感じます。
 その証拠が私たちの体験です。少年犯罪被害当事者の会には遺族が三十五家族います。集団暴行事件などが多いため、加害少年は百六十人以上になりますが、人に言われて仕方なくではなく、心から反省して自ら謝罪に来た少年は一人もいませんでした。賠償金も、全て払われたことはほとんどありません。
 私が今も忘れられないのは、息子の事件を審理した家庭裁判所から「ここは事件の事実関係を扱うのではなくて、少年が今後生きていくことを考えるところだ」と言われたことです。当時の警察は「少年犯罪は、点数にならないから捜査に力が入らない」とはっきり言いました。殺された子どもたちの命が軽く扱われていると思い、被害者遺族として声を上げ続けていますが、事件の事実認定をした後、それと向き合う仕組みがないままでは、少年院を出ただけで責任を果たした感覚になってしまうのではないかと感じます。
 周りの大人たちも少年を事件に向き合わせる教育をしていません。息子の事件では、民事裁判の時効直前に裁判を起こしました。弁護士が付いた加害少年には反省の色はなく、逃げなかった息子が悪いと主張しました。弁護士は少年の本当の意味の更生を考えてはいない、逃げ道を教えていると感じました。私たち被害者遺族は加害少年に厳しいといわれますが、彼らのことを同じ人間として見ています。少年を守る大人の方が「かわいそうな子」と見下げているのではないでしょうか。
 今回の少年法改正の要綱について、適用年齢が引き下げにならなかったことは残念でしたが、十八、十九歳は起訴後の実名報道が解禁されました。起訴後は成人と同じように扱われることが抑止力になると思います。
 少年院への入所後から被害者の心情を聞くことや保護観察中も謝罪や賠償について考えることも盛り込まれました。少年はさまざまな事情を抱えていて、被害者のことを考える余裕がないといわれます。だからといって、犯罪をしても仕方ないとしてはならない。少年が被害者の声に真剣に耳を傾けることで、本当の更生が始まると信じています。 (聞き手・坂田恵)

<たけ・るりこ> 1955年、鹿児島県生まれ。96年に長男を暴力事件で亡くす。97年に「少年犯罪被害当事者の会」設立。今年1月、少年法適用年齢引き下げに賛成する意見書を法相に出した。

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