<首都圏おもしろランキング>歌枕になった地 霞ケ関も…東京に19カ所 

2020年12月1日 07時14分

西行や芭蕉が立ち寄ったことで有名な歌枕・遊行柳=栃木県那須町芦野で

 コロナ禍で旅行や帰省をあきらめて、遠くから思いをはせる人も多いのでは。そんな姿に重なるのが奈良、平安の王朝時代に「歌枕」を詠んだ歌人たちだろう。和歌に登場する名所・歌枕は当時の歌人たちの想像力が創りあげた世界だった。時代が下り、現実の場所として特定された歌枕もあるが、今もどこにあるかはっきりしない歌枕も多い。
 歌枕に詳しい俳人の長谷川櫂(かい)さん(66)は「歌枕は現実の地図にはない、空想上の地図にあったもの」と言う。
 代表的な歌枕の一つ、桜で有名な「吉野山」。今は誰もが奈良にあると知っているが、室町時代の代表的な歌人・正徹の言説を集めた「正徹物語」にはこうある。「『伊勢の国やらん、日向の国やら知らず』とこたへ侍るべきなり。いづれの国といふ才覚は、覚えて用なきことなり」。つまり正徹は歌枕はどこにあってもよいと言うのだ。
 「大半の歌人は京の都を一歩も出ずに歌を詠んだ。『末の松山』という歌枕が宮城にありますが、都から一番遠いから『末』なので、本来は固有名詞ではなく普通名詞だった」と長谷川さん。
 歌枕はどのくらいあるのだろうか。和歌サイトを運営する神奈川県鎌倉市の水垣久さん(61)は「万葉集」以降の歌に詠まれた歌枕を集めて「都道府県別名所歌枕一覧」を作った。その数ざっと七百四十カ所。近畿が多いが、関東と静岡にも約九十カ所ある=表。
 富士山や筑波山をはじめ、西行や芭蕉が訪ねた栃木の「遊行柳」なども。隅田川は「伊勢物語」の歌<名にし負はばいざこととはむ都鳥(みやこどり)わが思ふ人はありやなしやと>が有名。中央官庁が集まる霞ケ関も歌枕だが、多摩市関戸などほかにも候補地があり、今もはっきりと分からない。
 「歌枕を旅するとは、現実の風土と幻想の風土のはざまに身を置くこと」。水垣さんはこう歌枕の魅力を語る。 (藤英樹)

◆時代下り訪ねる人増

 時代が下ると歌枕を訪ねる人が増えた。その背景について「歌枕辞典」(東京堂出版)の編者で元青山学院大教授の廣木一人さん(71)は「鎌倉時代以降、武士が台頭したこと、応仁の乱など京の都の荒廃で地方の重要性が高まったこと、連歌師や歌僧らが地方へ招かれたこと、社寺参詣や能の普及」などを挙げる。
 江戸元禄期に、俳聖・松尾芭蕉が「奥の細道」の旅で栃木の遊行柳や、白河の関を越えてみちのくの歌枕を巡った。長谷川さんは「当時は古典復興の時代。戦国時代に荒廃した歌枕の復興熱も高まっていた。芭蕉は歌枕を巡り『奥の細道』のテーマである『時間』に思い至った」と語る。

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