半鐘75年余ぶり古里へ 江戸期に鋳造、大戦で供出 静岡で発見 川崎区の寺「貴重な地域の財産」

2020年12月3日 06時53分

川崎区の遍照寺から第2次大戦中に金属供出されたものと判明した半鐘

 川崎市教育委員会は二日、「武州橘樹(たちばな)郡河崎領」(現在の同市)の文字が刻まれた、江戸時代の希少な半鐘が静岡県で見つかったと発表した。約一年にわたり表面の文字を解読した結果、光明山遍照寺(へんじょうじ)(川崎区)に寄進されたものの、第二次大戦中に金属供出された半鐘と判明。今月八日、七十五年余ぶりに「古里」の同寺に帰る。 (安藤恭子)
 市教委文化財課によると、半鐘は高さ約六十四センチ、重さ三十キロの青銅製。昨年八月、かつて軍事工場だった静岡県富士市の鉄工所で見つかった。損傷もあり同課で表面の文字の解読を進めていた。

「武州橘樹郡河崎領」という文字が見て取れる=いずれも市役所で

 デジタル撮影による画像処理の結果、「中島村」「遍照寺」の文字を確認。江戸・神田の鋳物師小沼播磨守(こぬまはりまのかみ)によって作られ、正徳元(一七一一)年に檀家(だんか)らから寄進された鐘であることも分かった。武器製造のため国が金属類回収令を公布した一九四一年以降に供出されたとみられ、ペンキのようなもので「30Kg」と記されている。
 同課の担当者は「大戦中の金属供出で江戸期の半鐘はほとんど残っていない。市内で確認できる最古の半鐘。大切に保存活用していきたい」と話している。
 同寺の坂本圭司住職(60)によると、寺は一六〇〇年すぎに建立。一九四五年四月の川崎大空襲で寺は全焼し、残ったのは毛布にくるんで井戸に沈めたために焼失を免れた木製のご本尊のみという。坂本住職は「最初聞いた時は、降って湧いたような話で驚いた。半鐘が寺に戻れば、ご本尊とともに昔をしのぶ貴重な地域の財産となる。とてもありがたい」と喜んでいる。

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