泉麻人 絶対責任編集 東京深聞 《東京近郊 気まぐれ電鉄》 横浜イースト ディープな商店街と浦島伝説

2020年12月9日 12時03分

<今回利用したルート>
《東急東横線》
渋谷―白楽
《京急本線》
京急東神奈川―神奈川新町

横浜東部の商店街と浦島伝説をめぐる小さな旅

 渋谷のハチ公前広場は以前<ハチ公バス>に乗ったときにきたはずだが、あのころハチ公の向こう側にあった東横線の旧車両(青ガエル)は撤去されてしまった。いまは<SHIBUHACHI BOX>と看板を出した案内所のようなプレハブが建っている。その横に見える“最後の東横デパート”南館ももうすぐ取り壊されるのだろう。

ハチ公像前で記念撮影するなら人の少ない午前中がおすすめです。

 今回、東横線に乗るためにここに集合したのだが、いまの東横線はJRのガードをくぐって東口へ行って、ヒカリエの地下深くまで降りなくてはならない。地下鉄の副都心線から中継してきた元町中華街(みなとみらい線)行きの普通電車に乗り込むと、平日の午前10時台の車内は空いていてすんなり座席を確保することができた。代官山の手前で地上に出ると、ようやく東横線らしい気分になってきた。

東急線は地下鉄との接続が増えているので乗った時は寝過ごさないように注意しましょう。

 中目黒、祐天寺、学芸大学…高架の車窓に目黒区のおちついた住宅街が見渡せる。もっとも、われわれが乗った電車は銀に赤帯の純粋な東横線(東急車両5000系)だったが、すれ違う電車は東京メトロの有楽町線だったり、西武池袋線や東武東上線のおなじみ車両だったり、ヴァラエティに富んでいる。各線との中継が増えて、東横線のアイデンティティーが薄れたともいえるが、電車好きの子供はいろいろな電車が見られて楽しいに違いない。
 多摩川を渡ると、新丸子、武蔵小杉。高校と大学前半までの5年間、日吉の慶応に通っていた僕にとって沿線風景はなつかしいが、70年代の当時ととりわけ変貌したのは工場地帯だった武蔵小杉の周辺だろう。左手に広がるタワーマンションの街並が信じられない。昔は日吉の手前あたりからぽつぽつと見えてきた小さな山も、宅地開発で切り崩されてめっきり少なくなったが、日吉を過ぎて右手に見える大聖院の裏山は辛うじて往年の里山景色を留めている。

白楽駅は地下化されていないので踏切が残っています。

 JR横浜線と交差する菊名を過ぎて、妙蓮寺、そして降車する白楽。ここまで各駅停車で渋谷から約40分ちょっと、というのはイメージ以上に速い。
 アナウンスでも流れたが、ホームの駅名表示板に<神奈川大学 最寄り駅>とある。箱根駅伝好きの僕にとっては割となじみのある大学だが、ホームの掲示板に<2021年 みなとみらいへ移転>なんてポスターも貼り出されていたから、やがて白楽から去っていってしまうのかもしれない。

昭和の面影が残る六角橋の街並み


六角橋仲見世通は幅は狭いですが長さはかなりあります。

 駅の西口に出ると、六角橋商店街というのが始まる。とくに、途中の乾物屋の脇に狭い口開けた<仲見世通>というアーケードの筋がおもしろい。
 2階建ての商店街の通路の上に簡素な屋根をのせた、いわゆるアメ横風の路地が一本あるだけだが、昔ながらの食料品店や洋品店の間に若い人のやるカフェや小物屋が混じり合っているのがいい。僕は何度か訪ねているが、以前休日に歩いたときは一角の空地でコミカルなプロレス興行をやっていた。
 六角橋というのは、近くを流れていた川の橋名が元というのが真説だろうが、ヤマトタケルが使っていた六角型の箸を由来、とする物語っぽい一説もあるようだ。昭和の初めに東横線の駅と、さらに横浜市電の終点停留所が置かれたのが商店街の始まりとされる。

昭和レトロな雰囲気の残る六角橋ならではの郵便局旧庁舎。

 そんな昭和初期に建設された、古い郵便局の建物が残されている、という情報をネットで仕入れてきた。各地から取り寄せた珍味の類をごそっと店頭に並べた、しゃべり好きのオヤジさんの店でイナゴの佃煮やクルミの甘露煮を買って、六角橋郵便局の旧舎の場所を伺った。ちょっと西方の裏通りの一角にひっそりと建つ先代の郵便局は、三角屋根の日本家屋の玄関先だけ四角い洋風の造りにした、いわゆる看板建築の一種で、モダンな飾りを施した「〒」のマークとPOSTOFFICEの英字がシャレている。「横濱六角橋郵便局」と旧字で右から左に記した表札は質感が新しいから復刻されたものかもしれない。すぐ横に一般民家の門柱があるから、普通のお宅が管理を任されていた郵便局だったのかもしれない。

サリサリカレーのルーは鶏肉の比率が非常に多い。

 銭湯やスナックやレッドソックスの松坂投手の独特画風の看板を掲げたスポーツ店…などのある一角を歩いてから、大通り(横浜上麻生線)の角に建つ「サリサリカリー」でランチ。店名のとおり、カレーがメインの店だが骨つきチキンをじっくり煮込んだスパイシーなカレーは実にウマイ。横山剣のCKB(クレイジーケンバンド)と縁のある人がやる店なのか、写真やアルバムが飾られている。イーネッ!
 写真のなかに路上の市電をとらえたものがあったけれど、まさにこの店の前が市電の六角橋電停で、当時は果物屋さん(店内に看板が残されている)だったらしい。

今も横浜に息づく浦島太郎の伝説


寺標の下には大きな亀が。

 市電が走っていた大通りを少し南下して、右に枝分かれしていく坂道をしばらく下っていくと、国道1号線の向こうのJRと京急の線路に挟まれるように慶運寺というお寺がある。今回のテーマのひとつは横浜東部のディープな商店街歩きなのだが、もうひとつ“浦島太郎伝説の地”を巡る、というのがある。門前に亀を下敷きにした石柱(龍宮傳來、浦島観世音 浦島寺、と刻まれている)を置いたこの寺、本堂に阿弥陀を祀った浄土宗の寺だが、浦島太郎の関係史跡の方で知られている。

浦島太郎が龍宮から持ち帰ったと言われている観世音像。開帳期間以外でも観音堂の小窓から見ることができます。

 住職さん(古屋道正氏)にお話を伺ったところ、もとは北方の丘上にあった観福壽寺という寺という寺が浦島太郎ゆかりの寺として江戸の人たちに評判だったという。この寺が幕末・慶応3年の神奈川宿大火で焼失、祀られていた浦島観世音像と礎のいくつかが明治6年にこちらへ移された。門前の“亀が背負った石柱”も観福壽寺に建立されていたものだというから、年季が入っているのだ。

慶運寺のすぐ裏を走る京急線。

 境内には観音様の像と玉手箱を手にした浦島太郎の像を配置した観音堂があって、数センチ四方の小窓から覗き見ることができる(12年に1度、春に御開帳される。ことしはその年だったが件のコロナ禍で数日間だけ開いて閉められた)。この慶運寺にきてからも大正の大震災と戦災を免れたという観音像と浦島像、10余年前に化粧直しが施されたので、いまはピカピカの色合いをしている。
 寺のすぐ南側の京急の線路端を歩いて、京急東神奈川(ほんのひと頃まで「仲木戸」といった)から1つ、神奈川新町まで京急電車に乗った。神奈川新町のホーム脇には電車区があって、赤に白帯の車両が何台も停まっている。ちなみにこの電車区のある駅北口は亀住町、国道1号線の向こう側、かつて観福壽寺のあった丘陵地には町名ではないものの、浦島小学校とか浦島丘中学校とかの施設が地図に見られる。そして、われわれは駅の南口の運河ぞいに続く浜通りの方へと歩いたが、この辺には浦島町の名があてられている(さらに海側の埋立地は新浦島町という)。

河川に放置されるレジャーボートは近年問題になっているとか。

 背の低い家と横に狭い路地が口を開ける子安の古い漁村集落の一帯。慶運寺の像に象られた浦島太郎と観音様の出会いの場も海上だった…というから、浦島伝説はこの辺の漁師の間から広まったのかもしれない。明治の頃までは浜辺だった運河には釣舟や屋形舟が並び、通りの岸側に続く昔の舟小屋にいまは小型の自動車が置かれている。もっとも、「子安漁業協同組合」の建物があったから、漁業を営む家はまだ何軒か存在するのだろう。

浦島伝説にまつわる井戸だという小さな説明書きを発見したなかむら画伯。

 子安駅の方へ行く路地に入りこんで、グーグルマップに表示された<浦島太郎の足洗い井戸>というのを探す。マップの表示ポイントに“昭和調”のポンプ井戸がぽつんと置かれていたが、これといった謂れ書きは出ていないから見落とす人は多いだろう。
 京急の子安駅の横を通って、渋いソバ屋の脇からJR線の下をくぐる寂れた地下道を進んで北側に出ると大口商店街の一角に行き当たった。大口というのはこの先のJR横浜線の駅だが、そちらへ向かってアーケードを付けた、懐かしい雰囲気の商店街がうねうねと続いている。クラシックな一眼レフカメラを陳列したカメラ屋があり、土地柄か魚屋が目につくけれど“合いカギ”の看板を出した店が妙に多い。途中、道端の川跡のような所に<足洗川>と刻んだ石碑が立っていたが、これも先の井戸と同じく浦島太郎の伝説に由来する川だったのだろう。

足洗川の石碑もひっそりと残されていました。

 やがて、通りの右手に大口駅が見えてきた。白い駅舎の前の広場にソテツの木が植えこまれた景色は、南国の四国あたりの駅を思わせる。ウミガメにのって浦島太郎が現れそうだ。

PROFILE


◇泉麻人(コラムニスト)
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。



◇なかむらるみ(イラストレーター)
1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。
https://tsumamu.tumblr.com/

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