財政赤字の神話 MMTと国民のための経済の誕生 ステファニー・ケルトン著

2020年12月6日 07時00分

◆完全雇用掲げ就業保証も
[評]菅原琢(政治学者)


 現代貨幣理論(MMT)という言葉を初めて耳にしたなら、経済学の小難しい議論を想定し身構える人も多いだろう。しかし、財政や経済政策に関する種々の“神話”を否定して正しい理解に導くとする本書の語りは、拍子抜けするほど平易で明快である。
 政府予算を家計に準(なぞら)えるメディアは日本でも数多く、この際に収入を上回る支出、つまり財政赤字は当然のように危険視される。だが本書は、自ら通貨を発行する政府の財政を一般家庭の家計と同一視することは誤りと断じる。財政赤字はむしろ国民の富や貯蓄を増やすものであり、これを過度に抑制しては国民の経済と生活が脅かされるのだ。
 端的に言えば、MMTは財政規律や「財政健全化」に意義はないと主張するものである。インフレに気を付ける必要はあるが、政府は財政赤字をあまり気にせずに施策を打てる。これが正しければ、大規模対策が求められる一方で税収が急落したコロナ禍において、どの国の政権にとってもMMTは福音となるはずだ。
 一方、このようなMMTの議論は一部で強い拒絶反応を招いてきた。財政規律は単に収支の均衡を意味するだけでなく、政治による財政、経済政策が野放図にならないよう牽制(けんせい)する呪(まじな)いでもある。この縛りを無くせば、政治家は人気取りのために予算を増やし、税金を減らすのではと警戒するのはもっともである。
 こうした反MMTの立場からの批判や不安に対し、完全雇用と「就業保証」などMMTの下での政策の指針と具体策を示すことで本書は応じてみせる。明らかにこれは、景気回復や経済成長だけを掲げてMMTに擦り寄ってきた政治家や経済評論家の類への警告でもある。MMTは経済強者ではなく広く国民のために在るべきという信念が、本書の基底を成しているのだ。
 本書には、MMTの議論と著者の信条の境界が曖昧で、論点や施策が米国特有過ぎるといった難点もある。だがそれでも、政治家等の財政・経済政策論を目利きする際の視座や基準を提供するものとして、本書は有用だろう。
(土方奈美訳、早川書房・2640円)
1969年生まれ。ニューヨーク州立大教授(経済学、公共政策)。

◆もう1冊

井手英策、ジーン・パーク編『財政赤字の国際比較』(岩波書店)

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