「男はつらいよ50」 山田洋次監督22年ぶり新作

2019年12月26日 02時00分

「男はつらいよ50お帰り寅さん」のポスター(c)2019、松竹株式会社

 渥美清の死去により四十九作品で途絶えたはずの名作シリーズが、帰ってくる。第一作からちょうど五十年の節目、「男はつらいよ50 お帰り 寅(とら)さん」が二十七日に公開される。山田洋次監督はシリーズなじみの面々が年を重ねた今を描いた。時代は大きく変化したが、昔のまま変わらない“フーテンの寅”との再会の時を経て、胸に去来した思いとは。 (古谷祥子)
 風来坊の車寅次郎が、旅先で出会ったマドンナに恋をしては振られる。ふらりと帰る故郷の東京・柴又には、妹さくら(倍賞千恵子)やおいの満男(吉岡秀隆)らがいる。
 二十二年ぶりの新作は、現在と過去の映像が交錯する。編集中に「七十五歳の倍賞さんが一気に二十五歳になる。人間がどう成長し老いるか。それぞれの俳優のドキュメンタリーを撮っているような気持ちになった。五十年の年月が映っている」と感慨を味わった。
 八十三時間を超える過去の映像から、どの場面を用いて現代の物語につなげるか。身近なスタッフは、当初苦心していた監督が、ある時から視界が開けた様子を感じ取っていた。「主軸は満男だと決めた時かな。四十九作までは、イズミ(後藤久美子)と結ばれる流れだったけど、夫婦間の問題は面倒くさくて、楽しくない。じゃあ結婚していなかったとすると、ドキドキするラブロマンスになると」
 一九七五年公開の第十五作「寅次郎相合い傘」、シリーズ屈指の名場面に、喜劇芝居の鉄則を思い返した。「おかしいせりふをおかしいようにしゃべるほど、愚かしいことはない」。さくらたちがこっそりメロンを食べているところに、寅さんが帰宅して起きる一悶着(ひともんちゃく)。当時の撮影を「渥美さんは面白がって演じていたけど、なかなかうまくいかなくてね。寅の悲しみをとらえてもらおうと話したら、ピシッと決まった。僕がどれだけうれしかったか」と目を細めた。「あんなに頭のいい人に会ったことはない。渥美さんの中に寅さんがいると感じた」
 「五十年前の日本は元気で、寅のような人間を許してくれた。今は寛容さが欠けている時代じゃないか」と憂う現代に届ける。スクリーンの中で幻想のように輝く寅さんは、悩める満男の背中を押し、人々の心に色あせない名言を刻む。

山田洋次監督=大阪府豊中市で

 やまだ・ようじ 1931年、大阪府出身。東京大法学部卒業後、助監督として松竹に入社。61年「二階の他人」で監督デビュー。映画「男はつらいよ」全50作のほか、監督作に「幸福の黄色いハンカチ」「学校」「家族はつらいよ」など。

◆「50年で1本の作品、撮り終わった」試写会で倍賞、感無量

 公開に先立ち、今月19日には「男はつらいよ お帰り 寅さん」のプレミア試写会が東京都内で開かれた。倍賞千恵子、吉岡秀隆らレギュラー陣に、ゲスト出演の後藤久美子も登場した=写真。
 シリーズ最新作は、くるまや一家の今を描く映像と、4Kデジタルでよみがえった渥美清演じる寅さんが融合した作品。観客のスタンディングオベーションに迎えられた山田監督は「エンドロールの最初に渥美さんの名前があるのは、あの大天才にささげる思いからです」と話し、倍賞は「お兄ちゃん(渥美さん)がずっと1本の作品を撮っているみたい、と話していたが、私も50年して撮り終わった気がしますね」と感無量だった。
 吉岡が「イズミちゃん(後藤)とのキスシーンで及び腰の僕の背中を監督が押して撮影した」と明かすと、観客は爆笑していた。

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