太平洋戦争でハワイの日系人社会は 真珠湾攻撃の日に記録映画上映会

2020年12月5日 16時58分

1943年、日系2世だけで組織された米陸軍第442連隊の結成時に行われた壮行会「アロハセレモニー」=米ハワイ州・ホノルルのイオラニ宮殿で(松元裕之監督提供)

 米ハワイの真珠湾を旧日本軍が攻撃し太平洋戦争開戦のきっかけとなってから、現地時間で79年を迎える7日、当時のハワイの日系人社会を伝える映画の上映会が開かれる。2009年からハワイに通い、現地の日系人と交流を続けてきた松元裕之監督(56)=神奈川県鎌倉市=が12年に製作した作品で、来年には2作目の公開も予定する。松元さんは「ハワイに残るもう一つの日本史を知って」と呼び掛けている。(神谷円香)

米ハワイ州・ハワイ島ヒロにあり二世たちが通った日本語学校(松元裕之監督提供)

 明治時代に日本からハワイに渡った人たちの子どもである日系2世は、現在90代以上の人がほとんど。09~10年に松元さんがインタビューし映画に登場する34人のうち、今も存命なのは6人だけだ。映画では、日系2世だけで組織された米陸軍第442連隊などに所属していた人たちを中心に、戦争で日米のはざまに立たされ苦悩する姿、移民した親たちの苦労、戦後のハワイでの貢献を伝える。

日系2世だけで組織された米陸軍第442連隊の1944年の閲兵式(松元裕之監督提供)

 松元さんは広告代理店で長く映像に携わっていた。病気で亡くなった書家の友人の遺作展を、友人が生前渡航を希望していたハワイで日系2世の協力を得て開いたのを機に、ハワイの日系人社会を知った。08年に退職後、ハワイでの調査を開始。10年に活動のためのNPO法人「NAC|J」を設立した。
 12年以降、各地で上映会を開きながらハワイの日系人とも交流を続けた。「日系人の社会は日本と同じで封建的だった」と感じ、歴史を残したくても資料はあまりない。元軍人を中心にインタビューした1作目に対し、2作目ではその周りの女性たちにも焦点を当てようと、18年にインタビューを収録した。

米陸軍第442連隊に所属していたワタル・コハシさん。部下が自分の腕の中で息を引き取ったと証言している(松元裕之監督提供)

 2作目の編集作業に取り掛かっていた今年、新型コロナウイルス禍で1作目の上映会が軒並み中止になり、ぎりぎりの活動資金集めがさらに難しくなった。だが「高齢の日系2世に残された時間は少ない」と、何とか来春の完成を目指している。

2010年に行われた、日系人部隊のパネルの除幕式に集まった日系2世たち=米ハワイ州・マウイ島の二世ベテランズ・メモリアルセンターで(松元裕之監督提供)

 映画は「Go for Broke! ハワイ日系2世の記憶」(98分)。上映会は7日午後2時45分から、東京都豊島区巣鴨のシネマハウス大塚で。料金1500円。上映後、午後5時半まで、松元監督の解説トークと質疑応答がある。予約は主催の「昭和文化アーカイブス」ウェブサイトのフォームか、メール=showa.archives@gmail.com、電090(7478)7507で。

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