伝説の五輪メダリストの背を追って…1万m内定の相沢晃「第2の円谷になる」

2020年12月6日 06時00分
 陸上の日本選手権男子1万メートルで日本記録を出し、初の五輪切符をつかんだ相沢晃(旭化成)は5日、大阪市内で会見し、来夏への意気込みを語った。
 4日のレース後、相沢は1964年東京五輪男子マラソン銅メダリストの円谷幸吉さんの名前を挙げた。「すごく意識してやってきた。東京五輪ということで、縁を感じてきた」と語り、「円谷さんはトラックでも(東京五輪に)出ていたので、自分も出られればと思って走った」。円谷さんは64年の男子1万メートルでも6位入賞を果たしている。

男子1万メートルで27分18秒75の日本新記録をマークして優勝し、笑顔で国旗を掲げる相沢晃 =4日、ヤンマースタジアム長居

 同じ福島県須賀川市出身。中学時代にはチーム「円谷ランナーズ」の創設時から所属した。円谷さんの名を冠したメモリアルマラソンに参加し、記念館には何度も足を運んだ。「第2の円谷になりたい」と故郷の偉大な先輩に憧れてきた。

◆同郷で「円谷ランナーズ」出身、同じ「東京1万m」

 相沢の代表内定を喜んだのは、円谷さんの兄・喜久造さん(88)だった。「幸吉はうれしくて、涙をこぼしているんじゃないかな」とぽつり。12月4日は「円谷ランナーズ」を設立し、4年前に急逝した芳賀敏郎さんの命日だったことを明かし、「(相沢の)恩師の芳賀さんと幸吉が天国で一緒に応援していたのでは」と思いを巡らした。
 2月初旬、喜久造さんは帰省した相沢らと食事を共にする機会があったという。身長178センチ。長距離選手としては大柄な相沢に「これ以上ない体格。骨格が美しい」と感じたという。「これまで通り、やってきたことを続けていけば、結果はついてきますよ」と励ました。
 「円谷ランナーズ」を巣立った選手が幸吉さんと同じ東京五輪の1万メートルを走る。喜久造さんは「私も相沢君には縁を感じています。今後は練習を欠かさず、でも、しっかりと休むこと。万全な体調で臨めば大丈夫。応援しますよ」。優しい口調でエールを送った。(森合正範)

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