揺れに揺れ「存続」決断 会員減と高齢化 逗子の身障者団体会長の大石さん、若い力借り70周年目指す 

2020年12月6日 07時07分

「素晴らしい先輩に恵まれ、活動を続けてきた」と話す大石さん=逗子市役所で

 三〜九日は障害者週間。逗子市で長く活動を続けてきた「逗子市身体障害者福祉協会」はこの五年間、解散か存続かで揺れに揺れ、六月に「存続」を決めた。会員の減少と高齢化という難題を前に、会長の大石忠さん(85)は「まずは七十周年まで頑張る」と表情を引き締めている。 (石原真樹)
 解散もやむなしという雰囲気になり始めたのは二〇一五年ごろ。一番の問題は役員のなり手がいないことだった。役員は市から障害者福祉に関する複数の会議に出席を求められ、上部団体である県身体障害者連合会(県身連)の役員も回ってくるからだ。「障害があって移動も大変な人もいて、役員の引き受け手を探すのが毎回大変だった」。自身は聴覚に障害がある大石さんは明かす。
 協会は一九五二年に発足した。旅行やサークルなど親睦を深める企画や、今の「ヘルプマーク」のような、周囲に障害に気づいてもらうためのバッジを普及させる「愛の一声運動」(八〇年)など、障害者が直面する問題を社会や行政に訴えてきた。障害者雇用と地域交流の場として他の福祉団体と共に、八七年に第一運動公園内に立ち上げた福祉売店「青い鳥」は、市内二カ所に増えた。
 ただ、発足当時は百五十人ほどいた会員は減り続け、十月末時点で五十三人。今年だけで六人減った。若い会員が入らず高齢化が進み、平均年齢は七十五歳を超えている。かつてに比べ障害者雇用が進み仕事で忙しいことや、インターネットでつながれるため地元の団体に目が向かないのではないか、と大石さんは分析する。
 二〇一六年、本格的に解散を検討するために大石さんは通算十七年目の会長に就任。役員が不要な会員同士の親睦に特化したサロンに協会を衣替えし、売店の収益など会の資金を清算する計画を立てた。昨年十月に「最後の旅行」としてみんなで三重県の伊勢神宮を参拝、十二月に「青い鳥」一号店を閉店。しかし県身連から「せめて五輪まで」と慰留され、会員の「悩みや苦しみを理解しあえる居場所をなくさないで」との思いもあり、今年六月の総会で「継続」と決まった。
 「前途多難、されど前進」。大石さんは年内に発行する会報新年号の巻頭にこうつづった。古びた入会案内パンフレットの見直し、自治会との連携、SNSの活用など、協会の若返り策を考案中だ。「当事者の声を届けることは大事。ここまでたえだえに歩んできたからには、二年後の七十周年まで続けたい」。SNSは苦手という大石さん。一緒に活動してくれる若者を求めている。問い合わせは協会ファクス=046(873)6177=へ。

これまでに発行した40、50、60周年記念誌

◆専門家「地域の課題 当事者の声必要」

 会員の減少や高齢化は、各地の当事者団体に共通する悩みだ。県身連の加盟数は17年に34団体だったが、現在は29団体。寒川町や箱根町などの団体が同じ理由で解散や休会したためだ。県身連の渋谷寿人常務理事は「先人たちは運動によってさまざま権利を獲得してきたが、今は団体に入ってもメリットが感じられない。打開策が見つからない」と明かす。
 立命館大生存学研究所の立岩真也所長は、地域の細かな課題に対して地域の当事者が声を上げることはこの先も必要だと指摘。
 「地元愛を感じている若い人もきっといる。町内会と同じように、役員の負担を軽くして、ITを活用するなど工夫をして、重度障害者の介護問題など制度がまだまだ不十分な分野にも目を向けるなどすれば、団体を続ける意義もあるのではないか」と話す。

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