<ひとキラリ>街づくり見つめた20年 月刊千葉ニュータウン、年内で終刊 武藤弘さん(76)

2020年12月8日 07時40分

2001年5月15日発行の創刊号を手にする武藤弘さん=印西市で

 印西、白井市と船橋市小室地区で2001年5月から配られている地域紙「月刊千葉ニュータウン」が、今年いっぱいで終刊する。地元の話題を丹念に拾い、行政や大手企業への批判もいとわなかった20年を、発行人の武藤弘さん(76)は「街づくりを見続けてきた。面白かったな」と振り返る。今月12日に発行する最終の234号には、武藤さんが追い続けた北総線運賃と、自治体合併の両問題を中心に、記事を載せる予定だ。
(堀場達)
 同紙は三市にまたがる千葉ニュータウン(NT)で毎月第二土曜日に約四万部発行。武藤さんが取材、編集、広告取りを一人でこなしてきたが、病気のため、休刊を余儀なくされた昨年四、五月以降は、二人のスタッフが手伝っている。「何とか続けたいと踏ん張ってきたが、体力、集中力ともに負担が大きい。今年十月末に終刊を決めた」と打ち明ける。
 武藤さんは業界紙の記者やシンクタンクの客員研究員として東京都内などで勤め、一九八八年、印西市に一戸建てを構えた。千葉NTの当初構想がほころび始めたころで、周辺には原野が点在していたが、住むほどに愛着がわいた。そうした思いを表現しようと、エッセーを連載していた先行の地域紙が二〇〇〇年三月に終刊。「ならば、自分で新聞をつくっていこう」と思い立った。
 創刊からちょうど一年の〇二年五月にはスクープを放つ。国道464号沿いに大手ホームセンター「ジョイフル本田」が出店するという内容の記事。住宅建設が滞った千葉NTは、造成地への商業施設誘致を図っていた。ジョイフル本田の出店は、後に続く大型商業施設進出の呼び水となった出来事だった。「低迷状態を脱し、千葉NT事業が発展するきっかけとなった」。武藤さんは胸を張る。
 終始取り組んできたのは、北総線の運賃問題。高額運賃の仕組みを追及したり、代替え交通として市民らが走らせるバス事業を応援するなどの紙面を継続して展開してきた。ただ武藤さんは言う。「(出資母体の)京成電鉄グループや県の対応について批判することはあっても、北総鉄道とそこで働く人たちに対して批判ややゆの目を向けたことはない」
 前半の十年間は、合併問題も大きなテーマだった。〇三年に白井市と当時の印西市、旧印旛村、旧本埜村の合併が検討されていた際には、両市に近接する船橋市小室地区の住民アンケートを掲載し、話題を呼んだ。「75%が2市2村との合併を望んでいた。もちろん船橋市から分離して合併するのは非現実的だが、住民意向について一石を投じたと思う」。一〇年に成立した二村の印西市編入合併を巡っては、旧本埜村長の解職請求などを精力的に取材した。
 時には取材対象に厳しく、是々非々の姿勢を貫けたのは「しがらみがなかったからじゃないかな」と武藤さん。広告収入のみが頼りで、行政からの助成は一切なかったという。二十年間の記事を整理し、インターネットで発信するつもりだ。「地域の記録を読みたいという声が寄せられているから」

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