ドア開けると異彩放つ書斎 東向島「LE PETIT PARISIEN」

2020年12月10日 07時04分

貴重な本のコレクションが詰まった本棚を背に話す石川順一さん=いずれも墨田区東向島で

 小説「楢山節考」で知られる作家の深沢七郎(一九一四〜八七年)は一時期、墨田区東向島で今川焼き店を開いていた。その建物は今、国内外の希少な古書を自由に閲覧できる場になっている。開設したのは公的な団体でもNPOでもなく、一人の男性。「オープンな書斎」と称し、特異な空間を運営している。
 東武線曳舟駅近くの路地の一角。「LE PETIT PARISIEN」(ルプチパリジャン)の看板はあるものの、何の施設なのか、店なのか、分かる表示はない。窓からのぞくと、本棚やいすが見える。
 「みんなに『すごく入りづらい』と言われる。どうせ文章ではうまく伝わらないから、わざと謎めかせている。でも本当は入ってほしいから、ちょっとドアを半開きにしている時もある」とオーナーの石川順一さん(35)は笑う。
 広さ十坪ほどに、テーブルやカウンターを設置。本棚には、十年以上かけて集めた約千五百冊の蔵書を並べている。

曳舟駅から程近い場所にある「ルプチパリジャン」。外観の雰囲気から入りづらいと、よく言われるという

◆こだわり蔵書

 「装丁にこだわった本が中心で、洋書が六割、日本の本が四割。洋書は十五世紀から十九世紀、日本の本は昭和初期が多い。芥川龍之介も一部は自分で装丁したり、昔は西洋でも日本でもこだわっていた」と説明する。
 古い洋書では、十五世紀の活版印刷の発明から間もない時期の本もある。表紙は木の芯に革が貼られ、真ちゅうの装飾があしらわれている。
 日本の本では、性的な描写から発禁を見越し、最初から非売品にした昭和初期の書籍も。一部のページを発禁とされたのに、問題の箇所が残ったままの珍しい古書もある。

ハート形にくり抜かれた発禁本のカバー

表紙が革と木でできた15世紀のドイツの本。当時の本は平置きにするのが一般的だったため、表紙に鋲(びょう)が打ってある

 本に貼って持ち主を示す「蔵書票」も所蔵する。十九世紀のフランス人画家のエドゥアール・マネや、「レ・ミゼラブル」で知られるフランス人作家のビクトル・ユゴーの蔵書票を見ることができる。
 書斎の主(あるじ)は何者なのか? 石川さんは以前、アパレル関連の商社やコンピューター会社に勤めていた。珍しい装丁の本は、文学部の大学生だった時から収集してきた。
 「倉庫に入れたまま、宝の持ち腐れにしておくのはもったいない。書斎をつくり、みんなと共有すればいい」と思い立った。深沢七郎の店があったことは、二〇一四年に開設した後で知ったという。
 コーヒーやお酒を有料で提供するが喫茶店ではなく、あくまで「書斎」。本の装丁に興味のある人たちの憩いの場になっている。希少価値のある本でも手に取ることができるのは「展示するだけでは、表紙か特定のページしか見ることができない。傷みにつながる可能性があっても、あえて触ってほしい」と考えているためだ。
 近年は本もデジタル化され、紙を使わない電子書籍が広まっている。図書館に足を運ばず、オンラインで電子書籍を取り寄せる方法も議論されている。
 しかし、石川さんは「電子書籍を本とは思っていない。便宜的に書籍と呼んでいるが『ブックデータ』と思っている」という。「ここに来て書籍に触ってもらい、紙の本の良さや装丁の文化を広めたい。本を五感で味わってほしい」
<「LE PETIT PARISIEN」> 墨田区東向島2の14の12。開館時間は午後1時〜6時と午後7時〜10時。木曜定休。電03(3612)9961。
 文・宮本隆康/写真・木口慎子
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