コロナの日々 玉三郎の思うこと 「どうつくるか」へ立ち返る時

2020年5月15日 02時00分
 コロナ禍で伝統芸能の公演も長い期間、幕が下りたままだ。舞台に立ってきた役者たちは緊急事態宣言下の今、どういう日々を過ごし、何を考えているのだろうか。坂東玉三郎に聞いた。
 二月の歌舞伎座(東京)以来、舞台からは遠ざかっております。五月からの(市川團十郎白猿の)襲名披露興行が延期になり、こんなに公演がないのは初めての体験です。(自身の)年齢もあると思いますが、意外と悲劇的な感情はなく冷静に受け止めています。永久にこのままではないですから。お客さまにご迷惑をおかけしないことが第一です。
 (三月に東京・明治座で上演するはずだった)「桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)」は今回初めて監修として参加しましたが、自分では三十五年くらいやってきたものですから、いずれ見ていただける機会があると思っています。もちろん興行主や劇場は気の毒でしたが…。
 緊急事態宣言が出されてからは、ほとんど自宅で過ごしています。初めの一週間は大変でした。これまで毎日しゃべったり、踊ったりと体を動かし続けてきましたから、体の中がそういう循環になっているんですね。それを止めるものだから、苦しくなる。
 そこで、体を動かす仕組みを作りました。手近なところに曲を流すテープや扇をセッティングして、いつでも踊れるようにしました。主に夕食後、廊下を使って稽古します。三十~四十分やった後、発声や体操も。四月二十日ごろからはだいぶ慣れて楽になりました。
 午後九時すぎからは知人と電話で話します。いい話、悪い話、出掛けられない愚痴、おもしろかったテレビ…。会えなくても、人と話すことが何よりの気晴らしです。
 テレビで哲学者や経済学者など専門家の話を聞く機会が増え、今までの社会を振り返る時期なのかなと思っています。「グローバル社会」の名の下に、「ものをどう売るか」が追求されてきましたが、「ものをどうつくるか」に立ち返ってもいいのではと。僕は、これまで以上に丁寧にものをつくっていこうと思っています。
 政治の対応を批判する声もいっぱいあるけど、どう対処するかは自分の問題。今は感染を広げないようにどう行動すべきか、一人一人が考えて、実行する時です。苦しいけれども、できることをやりましょう。 (聞き手・小原健太)
<ばんどう・たまさぶろう> 1950年、東京都出身。57年に初舞台。64年に十四代目守田勘弥の養子となり、五代目坂東玉三郎を襲名。2012年、人間国宝。近年は監修作品を増やし、グリム童話「白雪姫」を日本の天正時代に移し替えた「本朝白雪姫譚話(ものがたり)」では、改変や手直し作業にあたる「補綴(ほてつ)」を手掛けるなど、プロデュースにも力を入れている。

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