<寄席演芸の人びと 渡辺寧久>覚悟の芸人付き合い 「席亭」浅草演芸ホール・松倉由幸社長

2020年5月15日 02時00分

松倉由幸社長

 「四月、五月と丸々ふた月ダメ。新型コロナが収まった後も、お客さまが戻ってくれるまで相当時間がかかると思いますよ。本当に一からのスタートです」
 閉じたままの木戸を恨めし気に、東京・浅草演芸ホールの松倉由幸社長(57)はこう漏らすが、表情は吹っ切れているようにも見える。
 一九九八年、父で現会長の松倉久幸さんから社長の座を引き継ぎ、対外的には「席亭」(寄席の経営者)に就任した。
 「席亭というのは重みのある言葉ですし、今でもおやじが本当の席亭で、私は席亭になって約二十年。若手真打ちクラスの修業の身だと考えています」。落語史を連綿とつないできた席亭という位に敬意を払う。
 経営者としてホールの運営にあたる一方で、「『顔付け』がいちばん大事な仕事ですね」とも話す。
 寄席の番組(プログラム)を決定する顔付(かおづ)け。その作業は二カ月前に始まる。
 「こちらから芸人さんが所属する落語協会、落語芸術協会に希望を出し、ほかの寄席の席亭や事務局と顔を合わせて調整し、正式に決まるのはひと月前」という流れ。顔付けの極意は「お客さまに喜んでもらえ、トリの師匠を盛り上げる番組にし、なおかつ人気者が散らばるように」と明かす。
 若手をトリに起用すれば、誰かがその地位を失う。それでも「競争の世界だからね」と、若手の奮闘を常に気に掛ける。襲名パーティーや両協会の集まり(寄り合い)にも必ず顔を出し、あいさつに立つことも多い。「葬儀も全部行きます」と、芸人との付き合いをまっとうする覚悟だ。
 元日から大みそかまで、昼も夜も開けている日本唯一の寄席。大みそかは夜七時に閉じ、元旦九時には初席でにぎわう。「浅草六区の歓楽街にありますから、シャッターを下ろすことが考えられなかった。それだけに今は異常事態です」

休館が続く浅草演芸ホール

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 落語や演芸を支える人たちを演芸評論家の渡辺寧久さんが紹介します。

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