<芸道まっしぐら>能楽・観世三郎太 宿命背負い高みへ

2020年5月8日 02時00分
 能楽を大成した観阿弥、世阿弥父子が始祖の観世流を率いる家に生まれ育った。六百年以上その芸を継承し、能楽界最大流派の由緒ある家系。二十六世宗家の観世清和(60)を父に持つ観世三郎太(20)は三歳から宗家に師事し、稽古に励んでいる。大学三年生となり「能は生活の一部。稽古をしないと落ち着かない」と高いプロ意識を持つ。
 能の家に生まれた宿命を幼心に素直に受け入れ、五歳の時に「鞍馬天狗(てんぐ)」で初舞台。小学生のころからは自ら稽古に向かった。十五歳で、初めて面(おもて)を着けて舞う「初面(はつおもて)」の祝いの舞台で能「経正(つねまさ)」のシテ(主役)をつとめた。能楽師にとって成人とみなされる大切な舞台を飾った。「能楽師としてのスタートラインに立ったんだという思いと、今から始まる長い修業の道のりの重圧も感じ、気を引き締めたことを覚えている」と振り返った。
 感傷に浸る間もなく、次の稽古が待っていた。「稽古があるからと友達と遊んでいる途中で抜け出し、いやな思いをしたこともあったが、稽古そのものがつらいと思ったことはない」
 毎日約一時間、宗家の稽古を受けている。しっかり身に付けるため、自習も怠らない。
 「繰り返すことが大事」という宗家の教えを忠実に守り、「先生の型を見て学び、自分で考えながら、型をつくっていく。何度も何度も繰り返して、体に染み込ませていく、その積み重ねです」。謡も同じように、情景をイメージしながら、繰り返し声に出して覚えていく。日々の稽古によって、真摯(しんし)に能と向き合う姿勢が培われた。
 「能がないと生活のリズムが狂ってしまいそう」。旅行の時もかばんの中には謡本をしのばせるほどの稽古の虫。能と一体の日々を実感している。
 友人が公演を鑑賞することもある。「『眠かった』『寝ちゃったよ』などとストレートに意見を言ってくれます。どうすれば若い人が興味を持ってくれるか考えないと」と課題も口にするが、「でもその前にしっかり基礎を磨かないと。能に完成はないですから」。
 二百以上ある能の曲で、シテをつとめたのは十五曲ほど。先祖の世阿弥が残した「命には終わりあり、能には果てあるべからず」の言葉に未来を託す。「これこそ僕の進むべき道だと思えるようになった」と力を込める。
 新型コロナウイルスの影響で、公演の中止や延期が相次いでいるが、三郎太はいま、六月二十一日に予定されている宗家主催の特別公演「二十六世観世宗家観世清和 独演 翁(おきな)付キ 五番能」に向け、ひたすら集中する日々を送っている。
 「五番能」は室町時代から観世大夫(宗家)または観世大夫親子が独演するしきたり。還暦の宗家と二十歳の三郎太が初めて挑む歴史的な舞台だ。三郎太は「翁」「高砂」「石橋(しゃっきょう)」と一日三曲の上演に向け、稽古に余念がない。「平常心で舞わせていただき、先生の舞を目に焼き付けたい」。流儀を背負っていく決意を感じさせた。 (神野栄子)
 ※公演は東京・銀座の観世能楽堂で、一部が午前十時、二部が午後四時開演。

2015年3月、初面で能「経正」を舞うシテ三郎太

●こんな一面も●

 ◇リフレッシュタイム 立教中高時代はバスケット部。身長は176センチで、バスケ選手としては小さい方。レギュラーで、高校2年の時は副キャプテン。同年、生徒会長も経験。立教大学ではバスケサークルに入って月1回ぐらい体を鍛えてリフレッシュしています。
 ◇癒やされる時 ポップス、邦楽などの音楽を聴きながらの読書。週1冊のペースで読んでいます。
 ◇異空間 大学の友達がやっている演劇をよく見に行きます。歌舞伎や映画も好きで、芝居の意表をついたアドリブなど、いい刺激になっています。
<かんぜ・さぶろうた> 1999年5月生まれ。東京都出身。父の二十六世宗家観世清和に師事。子方(子役)として数多くの舞台をつとめ、2009年「合浦(かっぽ)」で初シテ。学業と舞台の両立に努め、海外公演にも積極的に取り組んでいる。

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