<序破急トーク 二十代宗家・宝生和英>特別編  「能は有事に強い」心を静める力になれば

2020年4月10日 02時00分

活字やCDでも味わえる能楽。現在のような状況で親しむとしたら、「弱法師」や「蝉丸」といった「特に心が落ち着く曲」を挙げる宝生和英宗家=東京都文京区の宝生能楽堂で

 新型コロナウイルスの感染拡大で、能楽の公演も延期や中止が相次いでいます。能楽はほかのエンターテインメントに比べ、裏方などスタッフが少ないのですが、事態の長期化により業界全体に深刻な影響が出ています。
 昔から「能は有事に強い」と言われてきました。戦国武将もたしなんできた歴史がありますし、私の祖父(第十八代宗家宝生英雄(ふさお)、一九二〇~九五年)は第二次大戦で徴兵された際、自陣で謡の指導をしていたと聞きました。仕舞や謡は兵士の体を整え、心をリラックスさせる効能があるからでしょう。
 謡の時の深い呼吸は心肺機能を高め、舞は適度に疲労を伴い筋力を強化し、代謝を高めます。愛好者の健康増進につながると考えられています。能楽は心を静めるような曲が多く、一人一人がしみじみと鑑賞する芸能です。有事では集団心理が働き、混乱することもあるでしょう。冷静な判断が求められる場面で、能楽が力になりたいと思います。
 私どもも三月以降、多くの自主公演の中止を余儀なくされましたが、会の存続のため開催を強行したこともあります。観客席の間隔を広げるなどウイルス感染の防止には努めましたが、実施が正しいことだったのか。リスクを与えてしまったのではないか…。流儀を率い、経営する立場としては本当に悩ましいところです。
 相次ぐ中止や延期で、囃子(はやし)方も含めた個々の能楽師たちは不安の日々を過ごしています。それは東日本大震災の時よりも大きくなっているかもしれません。能楽師たちは実演している方が落ち着きますが、それができないのは何よりつらい。
 この状況でなければ、私は中東へ仕事に行っているはずでした。無駄がなく洗練された能楽のイメージは禅につながり、イスラムの文化にも受け入れられると考えています。海外といえば、私は毎年のようにイタリアで公演などを開いていて、特にミラノには育てていただいたという思いもありますが、イタリアはコロナの大きな被害が出てしまいました。連絡が取れない知人もいますし、物資も送れません。収束に向かってきたら、何かしら支援していきたいです。
 それでも前を見るしかありません。どう未来をつくるか、リスクヘッジしながら選択と集中を考えていきたい。インターネット上のコンテンツ展開などもテーマになるかもしれません。
 私たち、特に若手たちは平常通り稽古をしています。「3・11」の教訓も生きていますが、能楽は少人数でもできます。「明日から上演してほしい」と言われても対応できる心構えでいます。
 能楽は明治維新によりそれまで能楽を庇護(ひご)してきた武家社会が終わった時や、第二次大戦後の動乱期にも生き残ってきました。ウイルス禍の終息後、変わっていく社会やライフスタイルに能がどのように対応していくか、考えていくことが必要になってきます。いまこそ研究して能楽を多くの皆さんに届ける努力をしていきたいと思います。 (宝生流第二十代宗家)
 ※二〇一八年四月から一九年三月まで、随時掲載した能楽宝生流、宝生和英(かずふさ)宗家による「序破急トーク」の特別編です。

金春宗家襲名記念公演「桐星会」(2月29日)で「朝長(ともなが)」を演能する宝生和英宗家(撮影・前島吉裕)

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