<新かぶき彩時記>「一本刀土俵入」の川べり やりとりから浮かぶ情景

2020年4月3日 02時00分
 あらすじとは直接関係のない場面が、芝居の印象を左右することもあります。たとえば「一本刀土俵入(いっぽんがたなどひょういり)」の川べりの場面。
 本作の舞台は利根川流域の宿場町・取手(茨城県)の街道筋。親方に見放され、空腹を抱えてさまよう取的(とりてき)(力士の卵)の駒形茂兵衛は、酌婦のお蔦(つた)と出会います。櫛(くし)かんざし全てを与えて励ますお蔦に、立派な横綱になると約束する茂兵衛。十年後、横綱の夢を捨てて渡世人となった茂兵衛が取手を再訪。探し当てたお蔦一家は、夫・辰三郎のイカサマ博打(ばくち)のために土地の親分から追われる身でした。茂兵衛は一家を逃がして恩返しをするというストーリーです。
 十年後の茂兵衛が、川べりで船の補修をする船頭と船大工に、お蔦の消息を尋ねます。手がかりが得られずに茂兵衛が立ち去った直後、入れ替わるように現れた辰三郎。人目をしのぶその様子に、思わず船頭が「あ、もし」と声をかけると、驚いて街道を逃げていきます。
 広々とした空と川べりが印象的なこの場面。のんびりと船の上から「何かあったのかあ?」と尋ねる船大工。船頭は「なあに、人が一人駆けていっただけだに」と答えます。たったこれだけのやりとりから、日中の白い光に照らされて、一筋に伸びる街道が目に浮かぶようです。 (イラストレーター・辻和子)

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